八+六=十四
天井から細い細い糸のような物が下りてきた。
それは肉眼では見える物質ではなく、かすかなエネルギーで出来た細い細い糸。
先ほどの戦いで疲弊しきって、体内エネルギーの大半を失っている式神達は誰も気がつかなかった。
それほどに細心の注意を払って、非常にゆっくりのペースでそれは下りてきた。
どおん、どおんと音がしている。
黒い狐たちが建物に攻撃を仕掛けている音だ。
式神達の意識は外での戦いに向いてしまっている。
「銀どの」
と青帝が言った。
「何だい?」
と銀猫が振り返った。
「何故、加寿子どのはひと思いに和泉どのを殺さなかったのか、という疑問がある。目当ては和泉どのであろう? 加寿子どのは若様が和泉どのの傷を引き受けるまで予測しておるが、いっそひと思いに殺してしまえばよいではないか。もちろん、若様を怒らせる結果は同じだが、仁どのや陸どのまで巻き込んでの大戦争だ。和泉どのだけが目当てなのであろう?」
「そうさね、確かにそうさ、邪魔なのは和泉ちゃんだけだった。だけど、もう加寿子様の気持ちが収まらないんじゃないかねぇ」
「オサマラナイトハ?」
と赤狼が口を挟んだ。
「覚えてるかい? 加寿子様が和泉ちゃん一家をよそに出す話をしていた時、若様がそれに反対したろう? その時、若様は加寿子様に、「墓の中から土御門を支配しろ」と言ったんだ。それは……加寿子様にはショックだったろうよ。あの人はあの人なりに、土御門の伝統を守り抜いてきた人だからねえ。次の世代に残す為にやってきた事が全て自分の執着のように思われたんだから。やり方はどうであれ、あの人は立派に先代を勤め上げた。だけど周りにそう思われてないのなら、もういっそ、と思ったのかもしれないね。和泉ちゃんの事は口実に過ぎなかったのかも。全てを壊して、自分の土御門を作ろうと思ったのかもしれない、と、わたしゃそう思うんだがねぇ」
「なるほど、だがそれを認めるわけにはいかんな」
と青帝が言った。
「トシヨリガイツマデモデシャバルトロクナコトガナイ」
赤狼の言葉に、銀猫がおやっと言う顔をした。
「ちょいと聞き捨てならないね。どういう意味だい?」
「ベツニ、コトバドオリダ」
「年寄りはひっこんどけって言うのかい?」
「ソウハイッテナイ」
「ああ、そうかい、そりゃあ、あんたらは若くて強いだろうよ」
銀猫がへそを曲げてしまった。
「まあまあ、赤狼やんも年寄りをいじめたらあかんで。年寄りはひがみっぽいからな。はいはい、言うこと聞いてやったらええねん」
と紫亀。
「紫亀! あんただってもういい年だろ!」
「亀は千年で一人前やから」
皆で銀猫をいじめたと思ったのか、側にいた黄虎がううーーと赤狼に唸る。
「ツカレテルンダ、キサマノアイテヲシテイルヒマハナイ」
と黄虎の鼻っ柱を尾ではたいた。
これに黄虎のプライドが傷ついた。がおーっと咆吼して、赤狼に飛びかかろうとした。
「おやめ! 黄虎!」
「ソンナゲンキガアルナラジンサマノスケットニイッテコイ! タイシテヤクニタタナイガキガ!」
と赤狼が言ったので、今度は銀猫が黄虎をかばって怒り出した。
「ちょいと! 黄虎は四神の一員だよ! あんたにどうこう言われる筋合いはないね!」
「メストガキトトシヨリハメンドウクサイカラキライダ」
赤狼はふんとよそを向く。
「まあまあ、仲間内で喧嘩しててもしょうがねえですよ! つまらない言い合いはやめて欲しいでやんす!」
と茶蜘蛛が仲裁に入る。
一瞬、全員の和泉への注意がそれた。その一瞬を狙いすましたように、細い細い糸のような思念が和泉の顔の上にぽたりと落ちて、素早くしゅっと口の中に入って消えた。
屋根の上に八人の男が立っていた。真っ白いコートの様な物を着用しているが、風で身体がふくらんで見える。一人がバサッとコートの前を開いて腕を伸ばした。
夜目には見えにくいが、その隙間から白黒迷彩色の軍用服を着ているのが見える。
肩に背負うのはアサルトライフル、腰に下げるのはベレッタ92。
白色のヘルメットをかぶり、胸元には分厚い防弾チョッキ。
ヘルメット搭載のヘッドセット。
八人の男達は二人一組になって、それぞれ東西南北を向いていた。
「屋敷内に侵入をはかる全ての敵を殲滅する。例え、同族でも容赦するな」
と男の中の一人が言い、その他の七人は「了解!」と答えた。
屋根の上から周囲を見下ろすと、白い雪に点々と黒い物が増えていく。
それは見る見るうちに数を増やしていき、白い雪が消え、全てが黒く覆われていく。
一人は寝そべって、ライフルスコープから敵を狙う。
一人は三脚で接地した汎用機関銃を構えた。
地面にぽつぽつと広がった黒い者が飛び上がってきた。
次々と飛び上がって、屋敷に侵入しようとしている。
「撃て!」
という声とともに、八人の男達は一斉に黒い者めがけて射撃を始めた。
「ケーン、ケーン」と黒い狐が襲いかかってくる。
八人の男達の撃つ銃に撃たれて、悲鳴を上げて落ちていく狐が数多くいる。
銃弾の雨だった。いや、傘か。東西南北、すべての方向に銃弾が降り注ぐ。
銃弾で出来た傘が別荘の屋敷を囲っている。そこへ突っ込もうとする黒い狐は次々と銃弾にやられてはじき飛ばされる。
「さすがに、仁様の式は統率がとれてる。鉄壁の護りだね!」
と赤蜘蛛が感心した様に言った。
たまに一斉射撃の隙間をすり抜けて駆け上がってくる強者がいたが、
「うちのパパンの足を食ったのはお前か! このっこのっ」
と赤蜘蛛の子供達がいっせに飛びかかり、あっと言う間に食い殺してしまう。
だが、狐達も数を減らしてきたが、銃弾の傘にも隙間が空く。
仁の霊能力を滋養として活動している式神達の能力も無限ではない。
一人、一人と軍服の男が疲れを見せ始めた時、
「ふふふ、そんなものなの?」
と声がして、吹雪の合間に振り袖の加寿子の姿が浮かんだ。




