式神の中で一番働き者
ぱっと目を開けると、すぐ側にミミズ……ではなく、水蛇ミニが頭を枕にもたげて寝ていた。少し驚いたが、近くで見る水蛇のうろこはつやつやとしていてとても綺麗な水色だったので、和泉は声を上げる事もなかった。
反対側を見ると真っ赤な毛皮がふさふさで、その先が鼻に入ってしまい和泉は大きなくしゃみをした。
その拍子に身体が跳ねて、掛け布団がふっとんだ。←いやいやいやいや。
和泉の大きなくしゃみに赤狼と水蛇が飛び起きた。
「ご、ごめん」
和泉は身体を起こした。
部屋は和室で畳の上に敷いた布団の上だった。その周囲にぐるりと式神が寝そべったり、座ったりしていた。
「気分はどうかな」
と今は老人に変化している青帝が声をかけた。
「あ、ああ、大丈夫です」
和泉は頭を左右に振って、肩を動かしてみた。
だるいような感じはあるが、随分と身体が軽い。
「それは何より」
「あの……あれからどうなったんですか?」
枕の横にいる水蛇ミニが再生したミズキだというのは覚えている。
その後、黒い狐はどうなったのだろう。
「今はまだ攻防の最中でな、外では仁様の式と陸様の式達が戦っておる」
「そうですか」
和泉はうつむいた。敵が加寿子だという事も覚えている。加寿子がなぜだか異様に和泉を憎んでいるのも。
「あの、賢ちゃんは?」
「若様も別室で休んでおられるよ。体力、気力、霊能力ともにだいぶんそぎ取られて、弱ってなさる」
「あたしの怪我を引き受けたせいですよね? 黒い狐にやられたのも、全部……」
「そうではない」
と青帝が優しく言った。
「あなたのせいではない。和泉どのの怪我を引き受けたのは、若様の勝手だ。若様が勝手にやった事に責任を感じる必要はない。どうも若様は和泉どのの事に関しては我を忘れなさる」
青帝はほっほっほと笑った。
「じゃが、まあ、弱ってる若様の為に食べる物を用意していただけたらありがたい。体力を回復するにはやはり食べるのが一番じゃからな」
「あ、そうですね。そう言えばここへ来てから何にも食べてないわ」
少しふらつきながら和泉は起き上がった。
大きくのびをして、脳に酸素を送る。
首をこきこきと鳴らす。
それから部屋を出た。
階下には誰もいなかった。
暖炉の部屋にも、キッチンにも、仁も陸の姿も無かった。
恐る恐るキッチンへ入る。
「あーあ」
テーブルは倒れ、食器棚にも何かが突っ込んだ形跡がある。
ゴミ箱は倒れ、鍋や野菜が散乱していた。
「赤狼君、裸足で歩いたらガラスを踏むわよ」
そういう和泉はスリッパを履いている。
とりあえずテーブルを起こ……起こ……せない。
「重っ」
「あっしがやりやしょう」
と言いながら、小さいおっさんが入ってきた。
155センチしかない和泉よりもまだ低い。
「どうも……ありがとう」
「いえいえ。床も掃除しときやしょう!」
そう言って小男ははりきって箒で床を掃き始めた。
「チャクモハヘンゲガウマクナイ。ダガチャクモハシンケイシツデ、ヨクスノナカヲソウジシテイルカラソウジハトクイダ」
と赤狼が言った。
「え、茶蜘蛛君なの?!」
チャッキーが床を掃除して危険なガラスの破片や散らばった物を片付けてくれたので、和泉は冷蔵庫を開けた。
「やっぱり、肉か」
極上のステーキ肉を発見。
フライパンに油をひいて、塩こしょう。ステーキソースも発見したので、それにもからめたりしていると、どこからともなく式神達が姿を現した。
ふんふんふんと鼻を鳴らしながら黄虎が入ってきた。頭の上には銀猫が乗っている。
「いい匂いだね」
「?」
シンクで野菜を洗って振り向くと紫亀と青帝がじっと肉が焼けるのを眺めている。
「あの~もしかして、人間の食べ物を食べるの?」
「食べないとならないって事はないよ。実際は若様の霊能力があたしらの滋養だからさ。でも何て言うのかね……嗜好品みたいなもんさ。おやつみたいな感じかね」
「そうなんだ」
和泉は焼けた肉を皿に移して包丁で少し切った。
それをフォークに突き刺して、水蛇ミニの方へ差し出すと、ぱくっと口にした。
小さい水蛇がサイコロステーキをほおばったので、口が四角になっている。
「あ、食べた、可愛-。じゃ、みんな食べるならもう少し焼こうか」
新たな肉を火にかけておいて、和泉はトレーに肉と野菜を盛った皿を乗せた。
「賢ちゃん、寝てるのかな?」
「キキッ」
と返事があったが、鼬の言葉は分からないので赤狼を見ると、
「オキテルソウダ」
と言った。
和泉は茶蜘蛛に火加減を頼んでからトレーを持ってキッチンを出た。
ドアをノックすると、カチャッと開いて賢が立っていた。
「食事持って来たんだけど、大丈夫?」
と和泉が言うと、
「お前、もう歩けるのか」
と賢が言った。
「え? うん」
賢が足を引きずりながら部屋の中に入って行ったので、和泉も中に入った。
テーブルにトレーを置く。
「身体の具合はどうだ? 気分が悪いとか、ふらふらするとか」
と賢が窓際のカーテンの隙間から外を覗きながら言った。
「大丈夫」
「水蛇の再生に能力の全部を使ったのかと思ったが、そうでもないようだな。三日は起き上がれないだろうと思ったんだが」
賢が覗いてるカーテンの向こうを和泉がのぞき込もうとすると、
「見るな」
と賢がカーテンを閉めてしまった。
「そうか、今、自分で自分の能力を再生し続けてるのか」
「何?」
と聞き返したが、賢はそれには答えなかった。
「キッチンへ行かなきゃ。チャッキー君に火加減を見てもらってるんだった。式神達さんも人間の食べる物を食べるんだってね。びっくりしちゃった……賢ちゃん、ちゃんと食べてね?」
と言って和泉が行こうとするのを、賢がその肩を引き寄せて抱きしめた。
「賢ちゃ……」
「しばらくこのままでいてくれないか」
「……」
少しの間、沈黙があり和泉は抱きしめられたままじっとしていた。
「賢ちゃん、ごめんね。怪我させちゃって」
「和泉のせいじゃない。俺が勝手にしてるだけだ」
「でも」
「今、回復してもらってるから大丈夫」
「回復?」
「そう、和泉の能力は再生。だが能力が開いたばかりだから、もっと研究が必要だし、和泉も精神の修行に行った方がいい」
「そう……なんだ」
「俺の霊能力が回復するように念じてみてくれないか」
(賢ちゃんの霊能力が回復しますように)と和泉は心の中でつぶやいた。
賢の腕に力が入って、ぎゅうっと和泉を抱きしめた。




