時逆の娘
「ケーーーーーン、ケッケッッケ」
とあざ笑うように黒い狐が鳴いた。ぱっくりと開いた口からは鋭い牙が見える。
悪者だ、と自己主張しているような表情の黒い狐達はからかうように赤狼を威嚇した。
赤狼が牙を剥く。しかし一対三では赤狼に不利だった。
両者が睨み合っている横で、和泉の前に小さい小さい茶蜘蛛がつーっと下りてきて、
「さ、今のうちにここから移動しておくんなせえ。二階の若様の部屋に」
と囁いた。
目の前に蜘蛛がぶら下がったので、和泉はぎょっとなったが、もう二度と茶蜘蛛を嫌がったりしない、と思ったので素直にうなずいた。
和泉はそっとそっと移動した。
暖炉の部屋に続くドアの方へ行きかけのだが、黒い狐が和泉の方へ振り向いて唸り声を上げて襲いかかった。
同時に赤狼もその狐に飛びかかる。
黒い狐と赤狼は絡まり、噛みつき合っている。
茶蜘蛛が別の狐の前に下りて巨大化した。
大きな蜘蛛が狐の身体に八本の足をからませて押さえつける。
だが、もう一匹いる。
三匹目の黒い狐がにやっと笑った。
「思った通りだ」
と黒い狐が言った。
「和泉の傷はきっと賢が引き受けるだろうと思った。昔からあの子はそういう子だったから。ふふふふ。賢の怪我のせいで式神の能力も落ちてるみたいね」
和泉は黒い狐を見た。禍々しい黒い毛の端々から何か立ち上っている。
ピシッ、ピシッ、とふくらんだ大きな尾を床に打ち付けながら和泉を威嚇する。
「何故? あたしを憎む理由は?」
「お前の血を本家に入れるなど許さない」
と黒い狐が言った。
「あたしの血って……」
「お前が土御門の次の世代を生むなど許さないからよ。賢の嫁は誰だっていい。あの使えない加奈子でもいい。まあ、加奈子はもうどこにもいないけれどね」
「加奈子さんに何をしたの?」
「年寄りの残りカスの能力をいくら食ってもたいした力にはならないけれどね、加奈子は若く、美しい。あの子の能力は素晴らしい。まだまだ未熟だけれど、私が使いこなしてあげるのよ」
「加奈子さんを殺したの?!」
「殺した? そうね、肉体の破棄の事をそう言うならそうでしょうね。加奈子の霊能力は丸ごといただいたわ」
「あなた、誰なの?」
「おや、まだ分からないの? うふふふ」
黒い狐はそう言って笑ってから、低い姿勢をとった。
牙を剥いて、和泉に飛びかかろうとした瞬間に、
「キキッ」
と細い鋭い声がして、何かが狐に体当たりした。
横から突撃された狐はもんどり打って床に転がったが、すぐに体勢を立て直した。
だが大きな緑鼬がすぐに、狐を背後から組み伏せた。
赤狼と狐、茶蜘蛛と狐、そして緑鼬と狐がそれぞれに噛みつき合い、押さえつけ合い、力のバランスで動けない。
カタン、と音がした。
入り口の壁に寄りかかって、賢が立っていた。
「賢ちゃん……」
「おや、そんな身体でやろうと言うの? 今のお前など何の驚異でもないわ」
狐からではなく、どこからか上の方から声が響いてきた。
「四神がここを護れるのも時間も問題ね。だんだん力が弱まってきているのを感じるわ。四神を破った後にゆっくりと和泉を嬲ってやろうかしらね」
どーん、どーんと音がしている。
天井、壁、床、から、震動と騒音が激しくなってきていた。
外から敵の式神が建物を護っている四神を攻撃している。
「和泉、こっち、に来い」
と賢が言ったので和泉は壁際をそろそろと移動した。式神達はまだ食いつきあって唸り声を上げている。
賢ののばした手を和泉が掴む。熱を含んだ賢の手は熱かった。
「賢ちゃん……大丈夫?」
「平気だ」
と言ってから賢が少しだけ笑った。
「立っているだけで精一杯じゃない。でも、お前は殺さないわ。お前は土御門の大事な次代様だからね。邪魔なのは和泉だけ」
とまた声が降ってきた。
「そこまで……邪悪な者に身を落とすほどに、同族の能力を食い漁ってまで力を取り戻したかったのか!」
と、賢が言った。
「そうよ、時逆の能力を取り戻した私はほうら、こんなに綺麗。うふふふふ」
「双子の……妹の能力を食ってまで、加奈子を殺してまで、土御門に執着してるのか!」
「靜香……愚かな妹。もうさほど命の火も残っていないでしょうね。あれは見栄とお金さえあれば満足していた。私は違う。私は土御門を支配する。永遠に」
「馬鹿な!」
「賢、お前は私の駒の一つにしてやるわ」
「何故今になって? 当主を父に引き継いで、あんたは満足して引退したはずだ。俺や弟達の霊能力が土御門を継ぐに足ると分かって喜んでいた!」
「そうね、それでもいいわ。賢が次代でいいわ。お前が和泉の事さえあきらめたらね。ねえ、私達の時代は親の選んだ能力者と結婚するしかなかった。それが土御門を継承する覚悟だった。お前も土御門の次代なら、それくらい覚悟しなさい」
「和泉の能力は土御門に必要だ! それが分からないのか!」
「例え、和泉の能力が土御門で一番優秀だとしても、和泉だけは認めないわ!」
賢が握った和泉の手が震えている。
賢は和泉の身体を抱き寄せた。
「お前が和泉さえあきらめたら、加奈子は死なずにすんだし、靜香ももう少し生きられた。私も時逆を封印したままでいられた。お前が和泉をあきらめたら、土御門も崩壊しないですむものを! 和泉、お前もその若さで死にたくないでしょう? でもお前は死ぬの。賢のせいでね」
時を遡って若返った加寿子はそう憎々しげに言い放った。
「あんたは……竜之介さんの事をそんなに恨んでたのか……」
「お前に何が分かる!」
「分かるさ。俺が一番あんたに似てるからな!」




