水蛇の悲しい恋2
「あたしがやったの?」
ミズキに聞き返しながら、赤狼を見ると赤狼はミズキに牙を剥いていた。
「イウナトイワレテイルダロウ!」
「うるさい!」
ミズキと赤狼が睨み合っている。
「どういう事?」
ミズキは和泉の方へ振り返って、
「あんたが振り袖の娘とやらに取り憑かれて、包丁で自分で刺しまくったんじゃないか! その怪我を若様が身代わりになって引き受けた。若様は今、あんたのせいで怪我で身動きが出来ないんだ! 若様はいつだってあんたの代わりに!」
と叫んだ。
その場面が和泉の脳裏にフラッシュバックした。
確かに包丁を握っていた記憶が蘇る。
身体中が痛い。和泉は両腕で自分自身を抱きしめた。
「子供の時だってそうだ! あんたが悪霊に身体を乗っ取られて、若様は命がけで助けたのにあんたは覚えてもいなかった。あんた、若様の背中を見た事がある? その時に裂けた酷い傷がある。それだってあんたの傷を引き受けて出来たんだから! 女の子だから傷が残ったら可哀相だからって、そんな理由で。あの時若様は死にかけたんだ! それなのにあんたはずっと若様の事なんか眼中になかった! それで若様に守ってもらおうなんてずうずうしいよ!」
和泉には言い返す言葉もなかった。
知らなかったとはいえ、確かに随分な事だ。
そして振り袖の娘が自分に重なった瞬間を思い出した。
感じたのは振り袖の娘からの憎悪。
理由は分からないが和泉を憎んでいる。
だから和泉の身体を操り、自分で自分を刺した。包丁で何度も刺した。
その傷がない。やはりミズキの言う通りに賢が身代わりに傷を受けたのだろう。
和泉は言い返す言葉もなく、ミズキの罵倒を聞いているしかなかった。
「モウソノヘンデヤメテオケ」
と赤狼が言ったが、ミズキの興奮はますます激しくなるばかりだった。
「どうして若様はあんたなんかが好きなんだろう! あんたなんか外見だけで判断するような人間のくせに!」
「ミズキ、そろそろやめといた方が。それ以上言うと、若が悲しい思いをなさる……」
つーっと糸を垂れて、茶蜘蛛が天井から下りてきた。
「何よ! 茶蜘蛛、あんただって、ずっと和泉の守りについてたって、見たら悲鳴あげられて嫌がられてるじゃないか! こいつはそういう人間なんだよ! 蜘蛛や蛇や気持ちの悪い者は嫌いで、赤狼みたいな綺麗なやつだけ側において! そうだろう?」
このミズキの言葉は痛烈だった。
確かに、とその場にいた者が皆、うなずいてしまった。
和泉が茶蜘蛛を嫌っているのは皆が知っている。
「利用するだけ利用して。若様の事だって同じだよ! 守ってもらう時だけいい顔して! 最低!」
興奮した為か、ミズキの身体が変化して大きな水色の大蛇に戻った。
天井まである大きな背丈の大蛇ははらはらと涙をこぼしながら和泉を見下ろしていた。
和泉は何も言わなかった。
謝罪の言葉は何一つ出てこなかったし、薄っぺらい言葉で謝るのは余計に駄目だと思った。
「若様がどんなに優しい人か、あんたなんかに分かるわけない。分かって欲しくない。若様はね……若様はどんな者にだって優しいんだ。蛇でも蜘蛛でも、乱暴者の狼でも、嫌われ者の鼬でも、能力が低下して見捨てられた老いぼれの猫でも拾ってしまうような人なんだ! みんな、若様のおかげで生きていられるんだ! あんたなんかに、あんたなんかに分かってたまるか!」
ミズキの声はとても悲しかった。
「ミズキ、あんたの気持ちは分かってるさ。若様が大事なのはみんな一緒。でもねぇ、若様が大事なら、若様が大切にする人を守っていくのがあたしら使命さ」
と銀猫の声がした。
「和泉ちゃん、悪く思わないでおくれよ。この子は格別、若様に懐いてるから。ミズキはねぇ、標本になるところを若様に助けてもらったんだよ。それで、若様のことが大好きでね……ミズキだけじゃない、あたしも拾ってもらった。ここにいる者はみんな若様に助けてもらった者ばかりでね。だから、まあ、若様には幸せになってもらいたいと思ってるんだ。できたらね、好いた人と一緒になってもらいたいと思うじゃないか」
「和泉なんか、若様の気持ち、全然分かってないじゃないか!」
とミズキが叫んだ。
「それは和泉ちゃんのせいじゃないだろう。若様がとっとと告白しないから。言わない気持ちが伝わるわけないだろう?」
「確かに、若様は口べたでやんす」
「タシカニ」
「キエーーーーー」
「ミズキはん、そろそろ戻ってや。若がああなってる今は四神が揃うてないと」
と紫亀の声がした。
「分かってるよ!」
とミズキが言った瞬間、建物の北方から恐ろしい勢いで黒い物体が飛び込んで来た。それは屋根を突き破り、キッチンに立っていた和泉の身体を貫いた。
ように見えたが、すんでの所で赤狼が和泉の前に飛び出し、その黒い物体に牙をたてて止めた。赤狼に噛みつかれた黒い物体は、大きな爪のある前足で赤狼の顔を殴りつけ、後ろに飛び下がった。
赤狼はすぐに体勢を立て直し、和泉を守るように彼女の前に立った。
だがその時には第二弾、第三弾が飛び込んで来ていた。
「ミズキ! 早く戻れ!」
と誰かの声がして、ミズキは慌てて姿を消した。守りが手薄だった北方から侵入されたのはミズキの失点だ。後続を防ぐ為に四神は慌てて、防御を強化した。
だがすでに侵入してしまっているのは大きな獣、そいつは黒い大きな狐だった。
大きな黒い狐は三匹いた。




