和泉、ウエディングドレスを着ちゃってみる4
「賢兄ぃ」
と車の中で陸が声をかけた。
教会の様子を見に行く途中である。
「何だ」
「赤狼が危機になるまで気がつかなかったの? らしくないじゃん」
助手席に座っている陸が身体を後ろに乗り出して言った。
「それは……」
「それは?」
「和泉ちゃんが覗くなって言うから……」
「はあ?」
仁と陸は顔を見合わせた。
「だからよ、赤狼には和泉の側から離れるなと命令してるだろ? それで和泉と赤狼がつながってるから赤狼を見ると和泉の様子も何となく分かるだろ? だから赤狼だけ意識から切り離してた。赤狼の事だからたいがいの敵は大丈夫だと思って」
「ふーん。じゃあ、今までは覗いてたんだ?」
「覗いてねえよ! そんな事するか!」
「賢兄ぃ、それは女の子は嫌がるよ」
「覗いてねえって言ってるだろ!」
ふんと、賢は窓の外を見た。
やがて車は廃墟と化した教会へ到着した。
三人の目にはそれは廃屋ではなく、悪霊の集合体だった。
「これはでかいな。赤狼が苦戦するはずだ」
と仁が言った。
「どうする? 賢兄、祈祷は来週だけど」
「少しばかり和泉の、土御門の霊気に触れたせいで、動きが活発になってるな。これ以上犠牲者が出る前に仕留めよう」
屋根の上の部分で、赤狼が牙を剥いて怒っている。援護に来た仲間のおかげで脱出できたようだ。黒凱と白露が両側にいる。そして、今攻撃をしているのは茶蜘蛛だった。
和泉が見たら気絶しそうなほどに巨大化し、教会の形をした悪霊を踏みつぶそうとしていた。どちらかと言うと茶蜘蛛は悪役っぽくも見える。
「おお~かっけ~じゃん、チャッキー」
と陸が声援を送ると、茶蜘蛛は、
「そうでやんしょ? あっしはがんばってるでやんすよ!」
と嬉しそうな咆吼をあげた。
「橙狐! 人間がいたら回収してくれ!」
と賢が言うと、オレンジ色の狐が「ケーーーン」と鳴いた。
「仁、陸、三方の陣で一気に消滅させる」
と賢が言った。
「りょーかい」
「うす!」
仁と陸が賢から離れて、大きくなった悪霊を三角形で囲むような位置についた。
賢が両手で印を組み、呪言を唱え始めた。
「……兵が臨む……闘う者……皆陣列をつくって我の前に在り……」
「臨」と賢が言った。。
「兵」と仁が言った。
「闘」と陸が言った。
「者」
「皆」
「陣」
「列」
「在」
「前!」
三人の組んだ印からすさまじい力と光が走り、それらの力が合わさった場所、ちょうど教会の形をしている悪霊の真ん中あたりでぶつかり合い、弾けた。
一気に辺りに目が眩むほどの光が輝き、激しい光の柱が上空まで立ち上った。
その光の柱に吸いあげられるように、悪霊の顔達がばらばらになりながら上がっていく。
印を組み、力を放出しながら賢達は霊達が上っていくのを見ていた。
やがてすべての霊が消え去り、山に静寂が戻ってきた。
霊がいなくなるとそこには建物などなく、昔何かが建っていただろう柱が一本だけ焼けたような跡を残して立っていただけだった。
オレンジ色の狐が三人の人間を背に乗せ、舞い降りてきた。
「橙狐、ごくろう」
と汗だくの賢が言うと、
「ケーン」と鳴いて気を失っている三人を下ろした。
それから橙狐は背中の毛皮が乱れたのを大変気にして、毛繕いを始めた。
仁と陸は疲れてその場に座り込んでいる。
悪霊を祓うのは大変な霊能力と気力を使うものである。
「うーん」と唸って奥田が目を覚ました。
あれ? という風に辺りを見渡す。
側に倒れている山上と佐伯を慌てて揺り起こし、三人は立ち上がった。
「私達、どうしたのかしら? 何か変な物を見たわ。あら? ねえ、教会は?」
と佐伯が言った。
「そうだ、教会に写真を撮りに来たんだったな」
と山上も頭をさすりながら言った。
そして賢達に気がついて、
「あの~」と声をかけてきた。
「あなた方は?」
賢はじろっと奥田を見た。
「我々は土御門神道の者です。あなた方は悪霊の巣くう場所に自ら迷いこんで、餌食になる所だったんですよ」
と厳しい声で言った。
「土御門って…あ、和泉ちゃん! 和泉ちゃんは? 一緒だったんですけど!」
「和泉はすでに我々が保護しました。和泉が一緒にいなかったら、今頃あなた方は悪霊と化して永遠にさまようところだったんですよ。これからはうかうかとどこにでも入り込まないように」
「はあ、すみません」
悪霊が自分の中に入りこんできた生々しい記憶がある奥田は素直に謝った。
山上も佐伯もあれが本当の事だったと思い返し、ぶるっと震えた。
「早く、山を下りなさい」
と賢が言ったので、奥田達は慌てて自分らが乗って来た車に乗り込んだ。
それから、佐伯が紙袋を持って出て来た。
「あの~和泉ちゃんの荷物があるんですけど」
「預かります。それから和泉は疲労が激しいので、明日は仕事を休ませます」
と賢が言った。
「大丈夫なんですか? 和泉ちゃん?」
「ええ。しかし、悪霊と対峙するのは気力、精神力ともに並大抵の事ではないんです。これからは面白半分に近寄らないように」
「わ、分かりました。ありがとうございました」
佐伯はぺこっと頭を下げて、そして車へ戻って行った。
「俺たちも撤収するぞ。赤狼! ご苦労だったな! 黒凱、白露、橙狐、茶蜘蛛! 散!」
「グルルルル」
「グエエエエ」
「キエエエ」
「ケーーーン」
「了解でやんす!」
とそれぞれに返事をして、式神達は消えて行った。
和泉は嫌な夢を見ていた。
顔がいくつも重なり合って、和泉に迫ってくる。
一番泉を恨んでいるような顔は島田先輩の顔だった。
両目から血の涙を流して、和泉を見ている。
「先輩……」
と言ってからはっと目が覚めた。
ここはどこだろう、と思ってから、少し身体を起こして薄暗い部屋の中を見渡す。
そうだ、賢の部屋だ、と思った時に、
「きゃっ」
と和泉は毛布をぎゅっと握った。足下に女が立っていた。
振り袖のような着物の姿である。
長い髪が顔にかかっていて、少しうつむいている。
薄暗く、顔ははっきり見えないが、小さい輪郭とほっそりとした首は若い娘のように見える。
左手首の念珠を見てから、赤狼は今はいないんだと思い出した。
賢が代わりの式神を置いていかなかったのは、ここが土御門本家だからだ。
ここにはどんな悪霊も入り込むことは出来ない。
現当主の雄一がいる。他にも能力者が随時控えているのだ。
そして、何よりここは賢の部屋だ。本家の中で一番霊能力の高い者の部屋へ近寄るような悪霊はいないはずだ。
和泉は毛布を抱えたまま、その娘を凝視していた。
垂れた髪の毛の間から、娘もじっと和泉を見ている。
娘の腕が動いて、和泉を指さした。
「うっ」
痺れるような衝撃が和泉の身体を走って、そのまま和泉は気を失った。
娘がにっと笑った。




