和泉と恋の迷宮2
和泉が田所に見送られた駅に再びついたのは翌日の昼過ぎだった。
少ない荷物を入れたカートをがらがらとひきながら、ホームに降り立つ。
こんなに心細いのは人生で初めてだと和泉は思った。
行き先もない、仕事もない。
その日暮らしのホームレスを別の意味でガッツがある、と思った。金も仕事も何もないのに、平気で暮らして行ける精神力があれば、成功するんじゃないかと思うからだ。
昨晩は賢からの電話を待ったが、かかってはこない。加寿子大伯母の容態も気になるが、いつのタイミングで電話をしたらいいのかが分からない。
事態が事態だから、このまま本家を訪ねてみても追い返されたりはしないと思うのだが、割と小心者なのでおろおろするばかりだ。
でも、と決心してバッグから携帯を取り出す。
充電が切れていた。
「え、ちょ、まじ」
慌てて周囲を見渡してみても、充電出来そうな場所もない。
「あー、パニック、どうしよ」
和泉は目についたビジネスホテルに飛び込んだ。
一番安い部屋を取る。
充電器を差し込んで、とりあえず落ち着く。
シャワーを浴びて、身体中をがしがし洗う。人間、お風呂にはいると落ち着くものだ。
猫が毛繕いをするようなもので、やはり、身体が綺麗になると精神もまっさらになる。
少ない着替えからジャージに着替え、コンビニで買ってきたサンドイッチを食べると更に落ち着いた。
ので賢に電話しようかと思ったのだが、まず母親に電話した。
「あ、お母さん、和泉だけど」
「和泉…今、どこにいるの?」
なぜだか母親の声が震えているような気がした。
「今、こっちについて、とりあえずビジホに入った」
「そう」
「どうかしたの?」
「あのね、賢さんの所には行かないほうがいいわ」
「へ? どうして? 加寿子伯母様に何かあったの?」
「いいえ、加寿子伯母様は大丈夫らしいわ。朝子さんに電話したらそう言ってたから」
「そう、よかったね」
「ええ」
「何? 何かあったの?」
「今日ね、土御門神報が来たの」
「神報ってああ、あの会報みたいな新聞でしょ?」
「ええ、それにね…ねえ、ビジネスホテルだったら、ファックス受け取れるんじゃない?和泉が直接見たほうがいいわ」
「え、うん」
土御門神報とは、土御門神道の広報部が発行している新聞である。
会員はもちろん、土御門姓の一族には全員に送られてくる新聞である。
祈祷の日程や土御門本家の祝い事やなどを一族に知らせる為の新聞であるが、最近ではゴシップ記事も少なくない。日本国民が天皇家の動向に注目するように、土御門に心酔する一族は本家やその筋の人達、要するに土御門の偉いさん達の動向に注目するのだ。
和泉はホテルのフロントでファックスを受け取った。
新聞はA4サイズで三枚綴りの小冊子であるが、ファックスから流れてきたのは表紙の部分と思われる。そこには賢の婚約についての記事がでかでかと載っていた。
[次期当主、土御門賢様、ご婚約間近か。お相手は幼馴染みであり、直系血筋の土御門美登里様か? それともかねてから親交の深い、元総理大臣孫娘、北山沙織様か?] という見出しの下にそれぞれの女性と肩を並べて歩く賢や、食事の席につく賢の写真が掲載されていた。
固まった身体を叱咤激励して、和泉は部屋に戻った。ついでにホテルのフロントにあった不動産情報誌を手にする。
部屋に戻ってベッドの上にごろん、となる。
もう一度記事を読み返すが、目が滑って文字が頭に入るようで入らない。
充電中の携帯電話が鳴ったので、頭を上げて画面を見ると、賢ちゃんという文字が光っていた。しばらく鳴り続ける電話を眺めていたが意を決して電話に出る。
「もしもし」
「和泉?」
「うん…あ、加寿子大伯母様、どうなの?」
「え? 大丈夫だ。絶対、あと百年は死なねえ。倒れたっつうから心配すれば、ただの食い過ぎだとよ」
「そうなんだ。よかったじゃん」
「まあな」
しばらくお互いの沈黙の後、
「今月号の土御門神報見たんだけど…」
「こっちに戻ってこいよ。俺、和泉と…」
と同時に言葉を発した。
二人ともが、自分の発した言葉に気を取られていたので、相手のセリフは耳に入っていない。だが、自分のセリフは相手に届いていると思っている。
ここが重要である。
続けて和泉が、
「結婚するの?」
と言った。賢は少し驚いた風に、
「俺は…そのつもりだけど」
と返した。
つまり和泉的には、
「今月号の土御門神報見たんだけど…結婚するの?(美登里さんか孫娘のどちらかと)」
「俺はそのつもりだけど」
となり、
賢的には、
「こっちへ戻ってこいよ。俺、和泉と…」
「結婚するの?」
「俺はそのつもりだけど」
になってしまった。
二人とも馬鹿である。
「そう」
と和泉が言って、そしてプチっと電話を切った。
電話の電源を落としてから、和泉はそのままの姿勢で固まった。
ベッドの上に体育座りしたまま、しばらく頭を抱え込んでじっとしていた。
三十分もたった頃、和泉はきっと顔を上げた。
手に持っていた土御門神報をびりびりびりと破り、ゴミ箱に突っ込む。そして、
「セーフ、セーフ、セーフです!」と叫んだ。
「今ならまだセーフですから、何もなかったですから、賢ちゃんなんて幼馴染み以下ですから! そうですよね、次代様ですもんね、婚約者とかいましたっけ。すっかり忘れてましたけどー。ふざけんな! デブ! ちょっとどきどきした一昨日からの時間返せ!!……賢ちゃんなんて、嫌いだ」




