和泉と恋の迷宮3
「え? もしもし? 和泉?」
いきなり電話を切られたので、賢は慌ててもう一度和泉の番号を押すが、
「……おかけになった電話は現在、電源が入っていないため……」というガイダンスが流れる。
「え?」
何度も何度も和泉の携帯へ電話してみるがそれっきりつながらない。
しばらくうろうろと自室をうろついてから、再び携帯電話を手にする。
「もしもし、賢ですが」
つながった相手は和泉の母親だった。
「和泉、いますか?」と聞くと、和泉の母親は乗り気のない声で、
「和泉はこちらにはいないんです。ちょっと事情があって、こちらにもいられなくなって」 と言った。
「じゃあ、どこにいるんです」
「……賢さん、もう和泉の事はそっとしておいてくださいませんか」
「え?」
「今月の神報、拝見しました。分家の立場としては、賢さんが和泉に好意を持ってくださるのはありがたく思わなければならないんでしょうけど。ご結婚なさるのなら、もう和泉の事は忘れてください。私達も立場をわきまえずに……」
「ちょ、ちょっと、待って、待ってください。誰が結婚するんです?」
「どうぞお許し下さい……私どもはもう二度と本家には近寄りませんので…失礼します」
と再び電話が一方的に切れた。
「え? 神報?」
それから慌てて賢は部屋を出た。
なんだか怒りがこみ上げてくる。
土御門本家は当主自宅でもあるが、広大な敷地の反対側には土御門神道本殿があり、その横には近代的な自社ビルが建ち、神道会の運営が行われている。その内部には修行場もあれば祈祷場もある。会議室や集会所では毎夜何かしらの勉強会などが行われて、活気がある。
そんなビルの一室に広報部がある。
土御門の為の広報活動を行う部であり、毎月、神報を発行している。
賢はそこをめがけて歩いていた。
怒っているのは誰の目にも明らかだ。どすどすと巨体が音をたてて歩いているのだ。普段は賢を見れば誰もが立ち止まって丁寧な挨拶をするのだが、今日は誰も声をかける事が出来なかった。
「賢兄、どうしたの?」
まだ疲れの抜けない陸が台所から賢を見て声をかけたが、
「今、忙しい」
とだけしか答えない賢を見て、後を追いかけてきた。
顔の引きつった賢を見て、何か感じたらしく、仁を携帯電話で呼び出した。
「何だよ。疲れてんのに」
先日の祈祷で力尽きた仁は病院に入ったものの、すでに出てきてはいたが、身体中ががたがたで寝付いたままだった。
「賢兄が怒ってるみたいだ」
「え?」
「本館の方に歩いて行ったけど」
二人は顔を見合わせてすぐに賢の後を追いかけた。
「今月の神報はどれだ?」
と賢が言った。
広報部内では滅多に顔を見せない賢に皆が恐縮していた。
「こ、こちらでございます、賢様」
手渡された神報を見て、賢の頬がぴくっと引きつった。
「この記事を書いたのは?」
と賢が言うと、若い男が手を挙げて、
「俺っす!」
と元気に答えた。賢が男を見た。
次の瞬間、賢の持っていたわら半紙の神報がぼあっと燃え上がり、消えた。そして、
「目ぇ、伏せろ!」と仁の声が飛び込んできたが、遅かった。
若い男は一瞬にして脱力し、床にくにゃくにゃと倒れこんだ。
「出た、賢兄得意の霊界流し」と陸が言った。
「みんな、目、伏せろ! 賢兄と目を合わせるな! 霊界に流されるぞ!」
と仁が叫び、その場にいる者は皆、仁や陸でさえ目を伏せ気味にした。
声が聞こえた者は皆、当主である雄一も加寿子大伯母も、飼い犬のジャッキーも、飼い猫のタマも金魚の金ちゃんもがさっと目を伏せたという。
「真偽を確かめもせずにこういう記事を書いて配ってもいいと思ってるのか?」
と賢が言った。声が震えている。
責任者である広報部長が慌てて走ってきて平身低頭で謝罪したが、賢の怒りは収まらない。
「も、申し訳ありません…」
「今、謝るくらいならどうしてこういうくだらない事をするんだ? 馬鹿なのか?」
「……」
「回収してこい」
「え」
「全国の土御門を回って回収してこい」
陸が机の上の神報を手にして、見出しを読んだ。
「わ、賢兄、ご婚約だって。これはやばいよな」
「もしかして和泉ちゃんにこれ見られたんじゃないか?」
「それだ。これって全国の土御門に配布するもんね。で、婚約者がいるんですってね! 最低! 賢ちゃんの馬鹿! 嫌い! とか言われたんじゃね?」
「絶対、そうだ。口べただからうまい言い訳も出来ずにふられたんだ」
「やっべ-」
と言う弟達の会話が聞こえたのかどうか、次の瞬間に机の上のパワーマックが破裂して飛んだ。
「ちょ、賢兄ぃ!」
窓という窓のガラスが砕けて落ちた。
スチール製の机の脚や椅子がくにゃっと溶けたように曲がった。
誰も触ってもいない扉がぼこぼこっと凹んだ。
天井に亀裂が走った。
「賢兄ぃ! やばいって、ビル崩壊しちゃうって!!」
「落ち着いて! 落ち着いて! 俺たちが一緒に言い訳してあげるから!!」




