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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
27/107

賢ちゃんと和泉と恋の始まり5

 途中で和泉を降ろす余裕はなく、結局、和泉も一緒に現場まで急行した。

 そこは大きなお屋敷だった。平屋の日本家屋で千坪も二千坪もありそうな屋敷だった。

 門の前には見覚えのある雄一の秘書が立っていた。秘書の合図で門のシャッターが自動で開いていく。

「ここって有名な歌舞伎役者の家じゃない?」

「ああ、うわ、すげえな。あの屋根の上、見えるか?」

 と言われて和泉は屋根の上を見た。

「やだ! 何よあれ~」

 まるで漫画か映画のCGのようだった。屋敷の屋根の上一面に暗雲が広がっている。でもあれは雲ではなく、霊の集合体なのだろう。何百という人間の顔がそれにくっついてうなり声を上げている。和泉を襲ったあの悪霊の比ではない。

 門が開ききり、賢は車を乗り入れた。

「和泉、念珠を離すなよ。ここで待ってろと言いたいが、隙をつかれても困るから一緒に行こう」

「うん」

 和泉は賢の後をついて、屋敷の中に入って行った。

「賢様! こちらへ!」

「賢様! お待ちしてました!」

 と土御門の人々が走り寄ってくる。

 賢は面倒臭そうに、

「場所は?」

 と聞いた。

「中庭で、雄一様と陸様が御祈祷の途中ですが」

「形勢は?」

「かなり劣勢かと。手強いやつでございます。死力を尽くされた仁様が……破れました」

 時代かかった言葉をしゃべる人だな。

「ふうん」

 和泉達は中庭へと案内された。和風の応接間の外が中庭になっている。和室の縁側から石の階段を下りてすぐに四方にしめ縄が張られた場所があり、その中に雄一と陸がいた。

 二人ともに束帯装束だった。束帯とは平安時代の貴族の正装であり、武官用と文官用がある。陰陽師は文官に位置し縫腋という物を着衣する。という蘊蓄を昔、仁に聞いたことあるので、今陸が着ているのがそれだろう。陸は細身の美少年だから、それがよく似合っている。まるで映画俳優のようだ。

 青白い顔をしているが汗もかいている。必死で念を唱えているようだった。

「賢様、御衣装を!」

 と秘書の人が大きな箱を抱えて走ってきたけど賢は、

「いらねえ」

 と手を振った。

「しかし……」

 秘書は困ったような顔で賢を見た。ジャージからは着替えたものの、ジーンズにチェックのネルシャツだったからだ。格式や儀式を重んじる土御門の祈祷の場ではちょっと軽装すぎるかもしれない。

 賢が庭に出て行こうとしたので、

「賢ちゃん、寝てないのに、大丈夫なの?」

 と聞いた。徹夜で車を走らせて来たのだ、疲れているはず。

 氷漬けの霊もやっつけたし。

「大丈夫じゃない……」

 と賢が和泉を見て言った。

「ええ! そ、そんなんで戦えるのぉ?」

「わかんない」

「ちょっとぉ……」

「チュウしてくれたら頑張れるかも」

 と賢が真顔で言ったので、

「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ! この緊迫した時に!」

 と怒ったら、

「ちぇ。ささやかなお願いなのに」

 と口を尖らせた。

「分かったわよ。じゃ、悪霊をやっつけたらチュウしてあげるから、頑張って!」

 と言ったら、

「よし、じゃ、頑張るか!」

 と賢が嬉しそうに笑った。

 秘書が目を丸くして和泉達の会話を聞いていた。 


 賢が縁側にあったサンダルを履いて庭に出て行った。腕を回し、首をコキコキとならしている。気軽な感じでしめ縄をひょいとくぐる。そこでようやく雄一も陸も賢の到着に気がついたようだ。二人とも賢を見て明らかにほっとしたような顔になった。

「お父さん、もういいですよ」

 と賢が言った。

「ま、賢」

 雄一の顔は酷く疲れていて、いつもより数倍年をとった老人に見えた。

「陸ももう離してもいいぞ。よく頑張ったな」

「賢兄ぃ……」

 賢の言葉に陸の体から力が抜けた。そしてそのまま、伯父さんも陸もその場に倒れこんだ。その瞬間、屋根の上の暗雲が倍の大きさに広がった。それはこの二千坪もありそうな屋敷ごと包み込む程に広がった。雲に群がっている不気味な顔は何百もあり、ぼこぼこと次々に増えている。この辺りに徘徊している悪霊や、浮遊霊や地縛霊なども吸収して巨大化しているようだ。

 そして賢の出現に少し動揺したようにも見える。雲の動きが早くなったのだ。賢を手強い敵と感じ、急いで強大化しているように感じた。

「早速片付けさせてもらうぞ。こっちはガキの頃からの悲願達成目前なんだ。お前らに時間を割いてる暇はねえ」


「……兵が臨む……闘う者……皆陣列をつくって我の前に在り……」


 賢が両手で印を組んだ。その手が次々に印を組み替えて忙しげに動く。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!」


 氷漬けの霊を片付けたどころの話じゃない。

 ぱっと庭全体が光って、その光の中で賢の体の人影だけがかろうじて見えた。

 そして暗雲は、その一瞬で全て消え去ったのだ。

「す、すごい……賢ちゃんって格好いい……」

 賢は汗ひとつかかずにこちらへ振り返って、

「和泉、約束な」

 と言って笑った。


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