現実は妄想通りにはいかないものだ
依頼内容を話し終えると、西地区自治会長の斎藤さんは曲がった腰をさすりながら帰っていった。
「ヤンキー退治って……変な依頼だなあ」
「慣れたほうがいいわよ。こんなのばっかりだから」
こんなのばっかりなのか。益々変な会社だ。
「それで、どうするんだ」
「まずは社長に連絡して……それから悪ガキ共をとっちめに行きましょ」
「とっちめる」というワードがゴスロリ少女から出てくるのは少し面白い。
本人は顔の前で拳を握り、やる気満々だ。
「あんた、喧嘩は得意?」
唐突にそんなことを聞かれた。しかし、生憎僕に喧嘩の経験はない。
「いや、全く」
「なら準備が必要ね」
そう言って立ち上がった緋奈ちゃんは、僕の座っているソファーにやってきて、すぐ真横に座った。
少女特有のものなんだろうか、微かに甘い香りがする。
「力を抜きなさい」
顔が近い。
この子の顔立ちは人形のような美形だ。そんな子に見つめられて顔を背けてしまうのは仕方のないことだと思う。
「あんた、やっぱり凄まじい『iE』を溜め込んでるわね。ふふ、美味しそう」
舌舐めずりが聞こえて体が震えた。
もしかして……吸われる?
彼女の小さな両手に、僕の両肩は抑えつけられる。もう逃げられない。
「優しくしてあげる」
――――――――――
蚊に刺された後、痒くなるのはなぜか。あれは蚊の唾液にアレルギー反応を起こしているんだと聞いたことがある。
蚊は吸血前に唾液を注入する。それには麻酔効果があり、刺された側が痛みを感じないようになっているのだ。
「痛いのは嫌でしょ」
もしかしたらこの子の唾液にも同じ効果があるのかもしれない。
僕の首筋に口を付けると、静脈をチロチロと舐め始めた。
「ひっ」
この子の舐め方は細い舌先で責め立てるようなものだった。恥ずかしさとくすぐったさでつい声が出てしまう。
「動かないで。動脈に刺さっても知らないわよ」
そう言われても。くすぐったくて身動ぎしてしまうのを我慢するにも限界がある。
「じゃ、いくわよ」
吸血されるシーンで「カプリ」なんて擬音が使われることがある。しかし、実際はそうじゃないと分かった。
歯を突き立てる瞬間に音はない。しかし、その後。溢れ出る血を舐めとる時にいちいち音を立てるのだ。
その音が何というか、とても厭らしい響きをしていて、つい顔が熱くなってしまう。
「美味し♡」
吸血鬼、なんて超能力なんだ。僕は……僕はッ!
――――――――――
「はい、終わり。お疲れ様」
現実は、そんな妄想通りにはいかないものだ。
確かに首筋を噛まれるというのはエッチだ。しかし、実際の吸血行為とはそこまで耽美なものではない。
まず、普通に痛い。少なくとも注射よりは痛い。
そして、気持ち悪い。血が吸われている時に眩暈を感じた。
最後、シンプルにこの子が冷淡過ぎる。
「はい、ガーゼ。血はすぐ止まると思うから、それまで押さえてなさい」
ナース萌えな人間が現実の看護師にガッカリする気持ち。分かるだろうか。それだ。
「何か期待してたのかしら?」
大きな目を細め、薄ら笑いで聞いてきたその問いに素直に答えるのもなんか負けた気がする。
「別に、そういうわけじゃ……」
目を逸らしたままモゴモゴとそう返してしまった。
これでは認めたも同然だ。
「反応が薄くてつまらない子だと思ってたけど……ふふ、可愛いとこあるじゃない」
微笑みながらハンカチで口元を拭う仕草が美しくて……正直、ドキッとしてしまった。認めよう。
……ん? 待て。今、僕のことを子って呼んだ?
「スィンジェちゃんって……もしかして僕より年上だったりするのか?」
「さて、どうかしら」
この子はそう言って僕にウインクをすると、ソファーに腰掛けて優雅に紅茶の入ったグラスに口を付けた。
なんなんだよ、もう。




