面倒だから鍵はかけない
「あら、ちゃんと来たのね」
屋根の隙間から朝日が漏れるアーケード街の一画。サビサビの階段前に立っていたのは赤紫のドレスを身に纏った女の子――緋奈ちゃん。
毎日ドレスなんだ……暑くないのかな。暑いだろうなあ。
「昨日サインしちゃったからね。それに、家に居てもゲームくらいしかやることないし」
引っ越し後の片付けが残っていないわけではないけど……まあ、特にやりたいことがないのは本当だ。
なら、自分の身を守るためにもこの会社についてよく知っておいた方がいい。
「そ」
興味無さそうにひと言だけ言って階段をトタトタ登っていく緋奈ちゃん。僕はそれに急いで着いていく。
ピッと緋奈ちゃんがどこからか取り出したカードをリーダーに翳すと、ガチャリと鍵の開く音がする。
オートロックというやつだろうか。見た目の割にハイテクだな。あれ、でも――
「昨日はそのカード出してなかったよね」
「中に人がいる時はいちいち鍵かけてないの。面倒でしょ」
なるほど。オートロックではなくてただの電子錠なのか。
そう思いながら僕はこの子の後に続いて扉をくぐる。
鍵はかけない。面倒だから。
「失礼しまーす」
「そんなに畏まらなくていいわ。今は誰も居ないんだし」
確かに誰もいない。僕たちが1番乗りだ。
「それにあんたもこの会社の1員なんだから」
そう言いながら緋奈ちゃんは事務所の端にあるシンクへと向かい、戸棚からティーバッグを取り出す。
ゴスロリ少女が丁寧にお茶を淹れる様は、僕の目にはとても優雅に映った。
「緋奈ちゃ――」
「スィンジェ」
「スィンジェちゃんの他にも超能力者は4人いるんだっけ」
「ええそうよ」
ティーポットとアイスペール、グラス2つをお盆に乗せてテーブルにやってきた緋奈ちゃん改めスィンジェちゃんが僕の言葉に頷く。
「フランケンシュタインと自称天使と、あとちっこい双子がいるわ」
「何ですかそのハロウィンの仮装みたいな面子は」
「一応、全員人間よ。そういう超能力ってだけ」
そんな濃い人らの中に果たして僕は混ざれるのだろうか。
だって僕の超能力って空飛べるだけだぞ。変な挙動で。
「そういえば、スィンジェちゃんはどんな能力なの」
「吸血鬼よ。人の血を『iE』に変換できるの。他には羽で空を飛んだり、自分の血を操ったりする程度ね」
「程度って……」
なんだか聞いている感じとても喧嘩に強そうだぞ、この子。
いざという時は守ってもらおう。女の子に守られる男がいても今時おかしくないだろう。
――そんなことを思いながらアイスティーを飲んでいると、ピンポーンと事務所の入り口から呼び鈴が鳴った。
「はーい!」
トタトタと音を立てて扉に向かうゴスロリ少女。扉を開けるとそこに立っていたのは腰の曲がったおじいさんだった。
「斎藤さん! 電話くれたら伺いましたのに」
わお、スィンジェちゃん敬語喋れたんだ。
「いやいや、ちょっと駅前に用事があったものでね。だから直接訪ねることにしたんだ」
「外は暑いでしょう。どうぞ入られてください」
「おお、ありがとうね」
「翔、グラス持ってきて」
小さな女の子に使われるのは癪だが……今は僕が1番の下っ端だ。素直に従おう。
「えーとグラスは……ここかな」
僕が戸棚を漁っていると、テーブルを間に挟んだ向かい合わせのソファーに座った2人が話し始めた。
「しんじぇちゃん、杉本君はどうしたんだい」
「今日は社長、外出しているんですよ」
「そうだったのか、タイミングが悪かったみたいだな」
グラスを見つけた僕はテーブルに戻ると、スィンジェちゃんの横に座って耳打ちをする。
「このおじいさんのこと知ってるの」
「西地区の自治会長をされている斎藤さんよ。覚えておきなさい」
自治会長さんか。……自治会長って何をしているんだろう。偉い人ではあるんだろうけど。
「私でよければ用件伺いますよ」
「おおそうか! 実はだな、最近またさかこうの悪ガキ共が暴れているんだ。どうにか懲らしめてくれんか」
さかこう? なんだそれは。
「県立汗高校、それをこの辺では皆、略してさかこうって呼ぶの」
質問する前に教えてくれた。
なるほどね、汗高校のことをさかこうって呼ぶのか。で、そこの悪ガキを懲らしめろ――と。
ん……? それって――
「僕がこれから通う高校じゃないか!」




