ゴスロリ少女が立っていたんだ
「えぇ……」
「早くどいて」
僕は目の前の異様な光景につい呆けてしまう。
何歳くらいだろうか。僕よりは年下に見える。深紅のドレスに身を包み、黒いひらひらのリボンを頭につけている。まさにゴスロリ少女。
「ねえ、どいてって言ってるでしょ。あんた耳聞こえないの」
「ああ、ごめんね」
咄嗟に謝ったが睨まれた。何なんだこの子は。
「聞こえてるじゃないの」
フンと鼻を鳴らし、僕が立っていた場所の前にあったサビサビの外階段へと向かう少女。
格好つけたいお年頃なのか、そっぽ向いて腕を組みながら登っていくけど……大丈夫かな。
サビサビの階段には苔がびっしりと生えている。雨が降った時にアーケードから水が滴ってくるのだろう。
その子はヒールで真緑のタラップを思いっ切り踏みつけ……こちらに向かってひっくり返ってきた。
「やっぱり!」
僕は咄嗟に手を大きく広げて彼女を受け止める体制になる。
目を瞑り衝撃に備えるが……衝撃は来なかった。代わりに僕の体を襲ったのはとんでもない風圧。
「うわぁ!?」
ひっくり返った少女を受け止めるつもりが、風圧でなぜか僕がすっ転ばされてしまう。
「カハッッッ……ッつぅ! なんなんだよ」
思いっきり背中から転んだ僕はつい悪態をつく。
腕をついて起き上がると視界に映ったのは例の少女。ただし、背中からは蝙蝠のような巨大な羽が生えていた。
これは正しく――
「超能力者……」
「あら、知ってるの超能力」
背中から落ちたはずなのに何故こちらを向いて飛んでいるのか――とか、少女1人浮かせられるだけの風圧がこれだけであるはずがない――とか、そんなことを考えてはいけない。超能力者とはそういうものだ。
「記憶を消す手間が省けて助かったわ」
そう言いながらふわりふわりと近づいてくる少女。
記憶を消すだなんて物騒な。それにしても、この子はどこに所属しているんだ。
そんなことを考えていたら逃げるのが遅れてしまった僕。気づけば僕の右肩の手前にまでこの子の顔が来ている。
「スン……スンスン……」
「あの」
……この子は一体、何をしているんだろう。僕の首の臭いを嗅いでいる……?
彼女の茶色がかった黒くて長い髪の毛が僕の首元に擦れ、こそばゆくてつい目を瞑ってしまう。
やっぱり1日歩いた男子高校生は汗臭いだろうか。臭いだろうなぁ。いや、そんなことはどうでもよくて。
「あの、何してるの」
目が合った。
目を開くと、目の前にこの子の顔があったのだ。
吸い込まれそうな深紅の瞳と長いまつげ。
僕はその子に見惚れ――
「ちょっと来なさい」
る間もなく連れ去られた。
「ちょ、待って。どこに!?」
彼女は僕の腕を掴むと宙に飛び上がり、悠々とサビサビ階段を飛び越えて2階の踊り場に着地。僕はもちろん墜落した。
「広告見てたってことは超能力者でしょ、あんた。私の羽を見ても驚かなかったし」
流石にバレてるか……使えばよかったな、僕の超能力。
「うちの会社って人手が足りてなくてね、超能力猫の手も借りたいくらいなのよ。だから、あんたには何としてでも入ってもらう」
そう言いながらその子はドアノブを回し、アルミ製の扉を開けた。
そこに広がっていた景色は……何の変哲もない普通の事務所であった。
「ようこそ、『汗町なんでもや』へ。私はSânge Báthory。あなたのことを歓迎するわ!」
――――――――――
「困るよぉ、緋奈ちゃん。急に面接希望者だなんて……」
「社長、私は緋奈じゃなくてスィンジェよ! 何度言えば分かるのかしら」
「だって、s……しんじぇって言いにくいんだもん」
蛍光灯が白く照らす事務所の中で、僕は会議室と書かれたブースに案内された。
そこにはブラインドが閉じられた窓際にホワイトボード、中央に長机、その周囲に6つのパイプ椅子が置かれている。
正面に座ったのはスーツ姿の中肉中背で前髪が後退した……いや失礼か。まあ、普通のおじさん。その隣に緋奈ちゃんが座っている。
「緋奈ちゃん、お茶入れてきてくれないかな」
「だからスィ・ン・ジェ! お茶くらい社長が入れてきなさいよ!」
「わ、分かったから怒らないで……乱暴はやめて……」
そう言って困り眉で出ていくおじさん。仮にも「社長」と呼ばれているのにあんな扱いで大丈夫なのか。
「いいのよ、社長は」
きっと僕のドン引きが顔に出ていたんだろう。頭の後ろで手を組んだ緋奈ちゃんはイライラしながらそう言ってのけた。
しばらくすると湯気の立った3つの湯飲みをお盆に乗せたおじさんが帰ってきた。
「このクソ暑いのにホットの緑茶!? 有り得ない。ほんと使えない!」
「僕、冷房で体冷えちゃったんだよ……あったかいお茶は夏場でも体にいいからね。さ、君もどうぞ」
「どうも」
正直、真夏の午後に散歩した後で熱々の緑茶を飲む気にはなれない。ので、湯飲みを口につけて飲んだふりだけしておく。
「あ、僕はこういう者です。よろしくお願いいたしますね」
そう言っておじさんから渡された名刺。正直どうやって受け取ればいいのか分からない。テレビで聞いたことがある知識を総動員した結果、とりあえず片手で受け取っておく。イカしたサラリーマンの真似事だ。
『有限会社汗町なんでもや 取締役 杉本 剛』
受け取った名刺にはそう書かれていた。どう見ても剛そうには見えない。名前負けしている。
「僕は早瀬 翔です。飛翔の翔の字です」
「翔君だね」
おじさ……杉本さんは幸薄そうな顔面でにっこりと笑っている。
「それじゃあ、面接を始めようか」
しかし、流石は怪しい会社の社長。その言葉と同時に目がキラリと光った――わけはなく、隠していた強者のオーラを放った――なんてこともなく。
どっからどう見てもおでこがテカリと光るただのおじさんであった。




