寄り道
色々な本音
「え?なんで、リラ素敵じゃない」
と真由子。
つい、素のエリゼが出てしまい、発した一言に対し手の言葉だ。
リラの精。
眠りの森の美女の中で踊られる妖精たちの踊りで見せ場のひとつでもある。
リラの精はその中心的な役割。
ソロの踊りはどちらかというと短いが、華やかで見る人たちを魅了する。
発表会などで演じられることも多く、人気の作品だ。
真由子には憧れのリラの精。
一度は舞台で踊ってみたいと熱望している。
そんなリラの精に真っ向から否定的な事を言った真理。
真由子にとっては聞き捨てならない言葉った。
しかし、真理としてはついエリゼの本心がこぼした言葉。
これ以上触れられることなく、なんとかやり過ごしたい。
鼻息の洗い真由子の言葉を聞いて、そうはいかないと感じた真理。
「ねえ、真理ちゃん。少しだけ時間ない?」
と真由子が聞いた。
二人はもう少しで駅に着く、そんな商店街を歩いていた時だった。
「時間?」
と真理。
今日は。
夫と息子はそもそも家にいない。
娘の舞香も今日は友達と遊びに行くので帰りは遅くなる、そう言っていた。
まだ、遅い時間ではないし、少しくらいなら。
「いいよ。どっか寄っていく?」
と真理が言う。
その数分後、真理と真由子は駅前の居酒屋にいた。
賑わう店内の片隅で、二人はさっそくビールグラスを持ち、「乾杯」と声を上げていた。
「今日はお疲れさまでした」
と二人がほぼ同時に言う。
もう足がパンパンだ。
帰ったらゆっくりと風呂に入ろう。
そんなことを真理が考えていると。
「ねえ、さっきのリラが嫌いって、どうして?」
と真由子が聞いてきた。
「そ、それは」
とくちごもる真理。
「言えないよね」
と、こころでエリゼがつぶやいていた。
リラの精のバリエーション。
それは、エリゼがパレ・ロワイヤルバレ団への入団試験で踊った演目だった。
パレ・ロワイヤルバレエ団、
毎年新入団員を募集する。
世界中から志願者が集まるが合格できるのはほんの一握り。
パレ・ロワイヤルバレエ学校の生徒であっても、とんでもなく狭き門だ。
バレエ学校最高学年の生徒は一般の志願者とは別枠でバレエ団への入団試験を受けることが出来る。
いわゆる、内部試験ではあるが合格できるのはいつも数人だった。
入団試験では、指定されたバリエーションを踊る。
エリゼの年は「リラの精」だったのだ。
バレエ学校のスタジオで、毎日のように稽古をした。
同級生たちと一緒に。
ずっと共に学んできた仲間ではあるが、全員で同じ道に進める訳ではない。
ずっと主席の成績だったエリゼ。
それでも、毎日毎日不安でたまらなかった。
どれほど練習しても安心はつのり、試験が近付くとあの曲を聴いただけで吐き気がした。
そして、本番。
パレ・ロワイヤルバレバレエ団の稽古場で行われた入団試験。
「次、エリゼ・リデル」
と呼ばれたことまでしか覚えていない。
その後は。
その日のうちに発表された入団試験の合否。
バレエ団事務所の、一枚の紙が壁に張り出さる。
そこに、
入団 エリゼ・リデル
と一番上に書かれているのを見た。
そこでやっと記憶が戻った気がした。
バレエ団の入団試験が終わったのだ。
歓喜と、祝福に包まれてもみくちゃにされながら抱きしめられ、キスされた。
そこでようやく、合格したのだ、と実感することができた。
と、同時に、夢が叶わず泣き崩れるクラスメイトの姿が視線の端に映っていた
バレエ学校でも進級のための試験がなんどもあった。
そのたびに、落第を危惧し不安に駆られた。
しかし、入団試験の比ではなかった。
結果としては無事入団を果たし、その後は順調にキャリアを重ねていたが、あの頃の事を思い出すといつも、胸が苦しくなる。
それほど、追い詰められた状況だったのだ。
そんなエリゼの心情がつい、言葉となった口から出てしまった。
しかも真由子に向かって。
「なんとしてごまかすか」
と真理がビールを飲みながら考える。
まさか、
「私、パレ・ロワイヤルバレバレ団の入団試験で、リラの精を踊ったんだけどその時のこと思い出すと、もう辛くてね、すっかり嫌いになったのよ」
などと言えるわけがない。
いや、試しに言ってみようか。
真由子ならどんな反応をするだろうか。
エリゼの悪戯心が目を覚ますが、真理の本心がそれを止める。
「あのね、リラが嫌いというより」
と真理が話し始めた。
「子供の頃、バレエの発表会で」
真理が言う。
子供の頃、真理の習っていたバレエ教室で開かれた発表会。
その演目の中に、「眠れる森の美女より6人の妖精」があった。
リラの精を始め6人の出演者は、真理よりの少し年上の少女たちだった。
妥当な人選だ。
稽古が始まってしばらく経った時、そのうちの一人が父親の転勤のため、やむを得ず出演を辞退することになったのだ。
その少女が踊る、「元気の精」。
名の通り、アップテンポ音楽に乗せて、明るく踊るバリエーションだ。
急に抜けてしまった「元気の精」。
その代役に決まったのは、真理と同い年の少女だった。
真理よりも、かなり遅れてバレエを始めたその少女。
同年代では、真理が一番の古株だったし、発表会も数度出ていた。
選ばれるのは自分だ。
密かにそう思っていた真理だったが、実際には真理に声がかかることはなかったのだ。
「だからね、ほろ苦い思い出なのよ」
と真理が言う。
「そっか、そんなことがあったのね」
と真由子。
エリゼの気持ちを封じ込めて、真理の思い出を語る真理。
真由子には知られたくない苦い記憶だが仕方ない。
「じゃ、今度こそ、妖精の誰かを踊って払拭しようよ、そんな記憶」
と真由子が言う。
そんな言葉が、真理の心を打った。
なんだか優しい。
真理は常々感じていた、真由子の胡散臭さを少しばかり払しょくさせることにした。
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