初めてのアダージオ レッスン開始
レッスンの始まり
更衣室からスタジオへと移動する真理たち。
今日のレッスンは、バーレッスンから康太先生が担当するそうだ。
スタジオには10数名の本日の参加者と、いずみ先生そし康太先生が集まっている。
大河はまだ到着していないようだ。
生徒が揃ったのを確認すると、
「今日は始めから、康太先生がレッスンをします。みんな、気を引き締めてね」
といずみ先生。
そして、康太が中央に立ち、
「じゃあ、レッスン始めましょう。バーに付いて」
と声をかけると、生徒たちはそれぞれ「いつもの場所」へと向かう。
その際、小さくレヴァランスをしてから動き出した真理。
これは、「わかりました」の意味だ。
頷くのと同じように、レヴァランスをする。
エリゼにとってはごく当たり前の日常だった。
その様子をちらりと真由子が横目で見ていた。
もちろん、真由子もごく当たりまえのように、レヴァランスをして自分の立ち位置に移動していた。
バーレッスンはいつも通り、プリエから始まりゆっくりした音楽で身体をほぐしてゆく。
いずみ先生とは手の動きが多少違うが、誰も戸惑うことなくレッスンは進んだ。
音楽のテンポもだんだんと速くなり、足先を素早く動かす練習、そしてバーを持ちながらの回転と続く。
どれもいずみ先生のレッスンで行われているのだが、今日は少しだけ志向が違う。
動きが大きいのだ。
やがて足を大きく振り上げるグランバットマンでバーレッスンは終わりとなった。
それから、少しのインターバルがあり、センターレッスンになる。
いよいよアダージオレッスンだ。
バーレッスン後の少々の休憩時間は、水分補給などのの他にバーレッスンで使った身体リカバリーすることも必要だ。
そして、ほぐれてきた関節をストレッチしてよりしなやかにする。
スタジオ内でも生徒たちは、バーに足をかけたり、床でスピリッツをしたりしている。
真理ももちろんその一人だ。
しかし。
「なんでこうも硬いのかしらねえ」
とエリゼが心でぼやきっぱなしだ。
90度も開いていないアンディオール、前後開脚スピリッツは床からほど遠い。
つま先はどんなに伸ばしても、まるでカマのように曲がったままだ。
「こんなの見たことがない」
とエリゼが何度目かのため息を漏らしている。
生まれながらに、バレエに最適な身体、を持っていたエリゼ・リデル。
そんな彼女からしたら、真理のこの身体はまるで許容できない代物なのだ。
それでも、この真理の望みをかなえる、そう決めたのはエリゼ。
真理の身体を最大限に使い、出来るだけの事をする。
だから、日々のストレッチも欠かさず行っているのだ。
それでも、エリゼからしたらまるでバレエには適さない身体のまま。
インターバルのわずかな時間でさえ、出来るだけの事をする。
「お嬢さんとよく似た脚ですね」
と真理に声をかける康太。
「そうですか?」
と思わず聞き返す真理。
娘、舞香はどういうわけか身体の条件に恵まれており、それが真理の自慢でもあった。
それが、自分と似ているなどとは思ったこともないのだが。
「舞香の脚、真理さんと似ていますよ、条件が良い。
使わないと勿体ないじゃないですか」
と康太は笑った。
そんなやり取りを、ずっと見ていたのは真由子だった。
舞香のスタイルは良い事は、真由子も承知している。
一緒に、オープンクラスを受けた時は、目を見張ったほどだ。
「これは、真理さんも鼻が高いわよね」
そう思った。
しかし、そんな舞香の脚が、母譲りだなんて、到底思えないでいる真由子だった。
その時、スタジオに小西大河が入って来た。
息を切らして、急いでやって来たのがよくわかる。
「遅くなりました」
そう言いながら、額の汗を光らせながらバーに付きストレッチを始める大河。
インターバルの時間はまだ残っている、この間に身体をほぐしてセンターに備えているのだ。
そして、今日のアダージオレッスンではトゥシューズを履く。
皆、ある程度のストレッチが終わると床に座ってトゥシューズの準備を始めた。
そこに、
「遅くなりましたが、大河君、到着しました」
声がした。
康太がスタジオの片隅にいる大河を手招きした。
手早く身体をほぐした大河は、康太の隣でペコリと頭を下げた。
そして、
「遅くなりましたが、今日は康太先生の助手として参加させていただきます」
と一言挨拶をした。
周囲にいる生徒である女性陣が立ち上がり拍手で迎える。
ここでも、さりげなくレヴァランスをする真理。
真由子もまるで張り合うかのように、同じくレヴァランス。
しばらくすると、生徒たちはみなトゥシューズを履き準備を整えた。
「さあ、パドドゥって皆さん知ってますよね」
と康太先生が説明を始めた。
「今日はせっかくなので、パドドゥの基本的な動きをみなさんとやってみたいと思っています」
そんな康太先生の言葉に、みなテンションも上がる。
「じゃ、アラベスクからパンシェを」
と康太先生。
アラベスクは片足で立ち、もう一方の脚を後ろに上げる、バレエではかなりよく見かけるポーズだ。
そして上げた脚をそのままさらに上にあげるパンシェ。
プロ級のダンサーならば、軸足と上げた脚がまるで一本の線のようにつながるのだが、
ここに居る生徒にそれを望むのは無理だ。
アラベスクでさえ、90度の角度で足をキープできるのはわずかな生徒だけ。
康太先生と大河の二人がサポートをする。
生徒たちは2列に並んで、順番を待つことになった。
先頭は、康太の列にはしのぶが並ぶ。
そして。
大河の列には、皆が遠慮するように躊躇している。
真理が一歩を踏み出そうとした時、真由子が割る混むように先に立った。
そこに、いずみ先生の声がした。
「真理ちゃん、先頭に」
と。
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