ママに会わせて
進路騒動、あっけなく終わる
「ねえ、ママはどこにいるの?」
と再度舞香が言う。
語気が強くなっている。
「ママならここに、」
と真理が言いかけるが、舞香は首を横に振りながら、
「だから、ママもどきじゃなくて、エリゼのなりすましでもなくて、本物のママに会いたいの」
と強くはっきりと言う。
「そう言われても」
と真理はくちごもるしかない。
エリゼにはどうしようもないからだ。
「ママと話したいの」
とポツリと言う舞香、視線がうつむいている。
真理の中にエリゼがいることを舞香が知って以来、二人はまるで姉妹か友達のようだった。
二人きりの時は特に、舞香は真理ではなくエリゼとして接していた。
何でも話し合えるいい関係だと思っていた。
エリゼも、母、真理の本心は感じるもののエリゼ自身の気持ちの方が上回っていた。
しかし、今は自分を見る眼が違う。
舞香は自分の事など求めてはいない。
ただ、母である真理に側にいてもらいたいのだ。
話がしたいのだ。
「ごめん。私にはどうしたらいいかわからなくて。明日は面談だから聞いてくるわ」
としか答えることが出来ないエリゼ。
舞香だってエリゼの事情はわかっているつもりだ。
明日を待つしかない。
「お願い」
と小さな声で言う舞香。
舞香自身、こんなに「母」を求めるとは思わなかった。
もう自分は自立している、母がいなくても大丈夫、そのはずだった。
しかし、今回の進路にしても実は母に止めてもらいたかったのではないだろうか。
いつも、両親、主に母だが、に敷かれたレールを歩んでいた舞香。
それで間違いはなかった。
でも親の言いなりになっている、そうは思いたくない。
しかし、実際には親の決めたルート以外通ったことがない。
それでうまくいっていることも、自分自身で認めていた。
あからさまに反発する気持ちも起こらなかった。
それが、初めて自分の意思でバレエを辞めてから、そのバランスが崩れていた。
自分の将来を導く親と、自分の意思、それがどうもかみ合わない気がしていた。
それに加えて、母が母ではない事実。
エリゼと過ごす日々は楽しい。
他愛もないお喋りは時間を忘れるほどだし、異国の文化、考えも新鮮だ。
ついでに時代のギャップも。
それでも、時には母と話がしたい。
今、まさにその思いがピークに達している。
「ママと話したいの、お願い」
と舞香は再度言う。
この場でエリゼがどうすることも出来ないとわかっているのに。
「面談まで、少しだけ待っていて」
とこれだけ言うのがやっとな真理。
しばらくの沈黙の後、
「無理を言ってごめんね。まずはパパたちと上手くやり過ごさないとね。
パパ、ママがママじゃないって感じてるよ。だからなんとかごまかさないと」
と舞香。
その後、しばらく祥太や和人に疑問を持たせない方法について語り合った舞香と真理。
真理はエリゼそのものではあったが、舞香はあからさまに気にすることはなかった。
「じゃあ、そういうことで」
と舞香が言う。
まるで二人は秘密の約束事でもあるかのように頷き合った。
翌日。
朝からいつもの日常だ。
誰よりも早く起きて、朝食を準備する真理。
舞香は学校、祥太は帰国の途につき、和人は大学のある下宿先へ戻っていく。
次に家族が揃うのはいつだろう、そう思うと料理をする手に気合が入る。
これは真理の本心だ。
食卓に家族全員が集まった。
湯気の立つみそ汁を前にして、
「おお、これこれ。おふくろの味だ」
と和人。
下宿先では自炊をしているが、とてもこんな手の込んだ朝食は作れないのだそうだ。
食卓を囲んでしばらくしたときに、
「あの、進路の事、もう一度考えてみる。そうしてもいいかな」
と舞香が言った。
「そうするといい。何でも相談してよね」
すぐに返事をしたのは和人だった。
父、祥太も同様に頷き、真理も同意して、この件は一件落着だ。
この一家はいつもこんな感じ。
突飛な事を言いだして、家族を軽く混乱させるのはいつも舞香。
そして両親と常識的な兄により鎮静化する。
この舞香の進路騒動もそのうちの一つ、になるはずだ。
そう納得する祥太と和人。
「じゃあ、パパ、お兄ちゃんまたね」
朝食を終え、支度を済ませると制服を着た舞香が鞄を持って玄関へと向かった。
「母さんのほんとうの誕生日、舞香だけか、家にいるのは」
身支度を整えてそう言うのは和人、これから友人と会いそのまま下宿先へと向かう。
「じゃ、また」
と和人が玄関先で言う。
そして、
「誕生日、お祝いしてあげてよね」
と小さな声で舞香にささやいた。
そして、祥太も。
勤務先に顔を出し、それから赴任先に戻る。
二人揃って、荷物を持ち家を出る。
真理は玄関先での見送りだ。
これもいつものことだ。
「じゃあ、ママ、こまめに連絡頼んだよ」
そう言う祥太。
舞香の進路のことだ。
二人を送り出し、家に戻る真理。
急に、家の中がガランと広くそして静かに感じる。
今日は真理は仕事は休みだ。
家が散らかるだろうから、片づけがしたい、そう思い休暇を申請した。
「なんだか寂しい気分。ママもそう思ったのかしら」
とエリゼが思う。
ママ、エリゼの母親の事だ。
自分のバレエ学校時代を思い出したのだ。
週末、帰宅してそして寮に戻る時、いつも自分の事しか考えていなかった。
自分が去った後の両親は、少しは寂しいと思ったのだろうか。
そう言えば、よく母は涙を浮かべて、エリゼを抱きしめながら、
「あなたは我が家の誇りよ」
そう言って送り出してくれた。
あの涙。
真理の本心の力を借りて、今やっと理解することが出来た。
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