いつもの真理
いつもの真理が戻った?
誕生日女子会の後、帰宅した真理。
あまり楽しげではなく、なんとなくどんよりとして、なんだが不機嫌だった。
出迎えた夫祥太にも、そっけない態度で、これではいつもの真理ではないのがバレバレだ。
帰宅後、自室で一息ついた今、天国の門のメーターは幸いにも元に戻っており真理は先ほどの自分を深く反省していた。
「あれはマズい」
そう思いながら、自室を出る真理。
そっとリビングへ行く。
夫は帰宅するといつも遅くまでリビングでテレビを見ている。
階下を覗き込むと、リビングからはあかりが漏れており小さな音も聞こえている。
祥太がまだそこにいるのだ。
「あの」
と声をかける真理。
祥太は、音を小さくてテレビを見ていた。
「お、ママ?どうしたの、まだ寝ないの?疲れたって言ってたのに」
と祥太が言う。
「あの、今日は夜に出かけさせてもらって、どうもありがとう。おかげさまで飲み会、とても楽しかったわ。帰り道、電車が混んでいて少し疲れてしまって」
と真理。
これがいつもの真理だ。
祥太は、テレビから目を離すと、真理を見ながら、
「そう、それなら良かった。お互いにもう若くはないんだから夜の外出は疲れるよね」
と答える。
その後、一言二言会話をして、真理は自室へと戻った。
なんだか、心が晴れたようなすっきりとした気分になっていた。
その翌日には息子、和人も帰ってくる。
久しぶりに、家族が揃う、久しぶりの一家団欒だ。
真理にとってはワクワクする、楽しいことが待っている、そんな気分だ。
遠足の前の日のように、心が躍る。
「まるで家に帰る前の日の晩みたい」
とエリゼは思った。
バレエ学校は全寮制だった。
エリゼの自宅は、学校から1時間もかからない場所にあったが、規則に従い入学と共に家を離れて寮生活を送った。
まだ8歳。
それまで、親と離れたことなどほぼなかった。
昼間はいいが、夜になると寂しくてよく泣いていた。
同級生たちも似たようなもので、よくホームシックをなぐさめあったものだ。
週末の帰宅は楽しみで仕方ない。
金曜日の夜は、心がうきうきしてなかなか寝付けなかった。
それが、学年が上がるにつれ、帰宅が辛くなっていた。
バレエ学校での日々が、一般の子供の生活とはあまりにも違うことに気付いたからだ。
それでも、小さかったころの楽しみな感じは今でも覚えている。
あの時、母も自分の帰宅を待ち望んでいてくれた。
真理の気持ちと、エリゼのの思い出が重なり、
家族が揃う事への喜びはつのる一方だった。
翌朝、いよいよ長男が帰宅する、家族が揃う日だ。
朝、いつもより少し早く起きて朝食を作った。
舞香と二人の時よりも、すこしだけ手が込んでいる。
食卓に着く三人。
日曜日の穏やかな朝だ。
「今日の夕飯ば誕生日パーティーだね」
と祥太が言う。
すると、
「もう夕ご飯の話?」
笑う舞香。
「和人、お昼過ぎには帰ってくるっていうので、それまでに買い出しに行っておくわ。
パパ、一緒に行く?」
と真理。
祥太が帰宅する前と同様に、真理は和人の部屋を丁寧に掃除していた。
元々の和人の部屋を、今では真理が使っている。
そのため、帰省した時の和人の部屋はかつての物置だ。
通気が悪いため、念入りに換気をし埃を払う。
布団を干しておくのも忘れてはいない。
「お兄ちゃんの物置、良い感じじゃない」
とそんな真理を見ながら舞香が言う。
「もうあの部屋、返したくないもんね」
と。
「夫婦なのに、別々の部屋です過ごすなんて」
とエリゼは不思議に思った。
エリゼの母国ではいくつになっても、夫婦に同じ部屋で寝起きをする。
まあ、この国でもそんな夫婦も多いのだろうが、祥太と真理は完全に別々に過ごしている。
「そんなの、離婚寸前だと思うじゃない」
とエリゼ。
エリゼの考えはこうなのだが、真理の本心でなぜか納得している。
このあたりのメーターは正常に機能しているようだ。
朝食を済ませると、真理は掃除や洗濯に追われ、あっという間に昼が過ぎた。
あわてて、買い物へと出かける。
祥太も一緒だ。
いつも食料や日用品を買う、大きなスーパーで二人並んで夕食の材料を選ぶ。
並んで歩くだけだ、
手をつないだり、腕を組んだりすることはない。
それもエリゼには驚きだった。
「普通、手くらいつなぐでしょう」
とエリゼ。
「不思議なことだらけだわ」
と真理。
それだけ、エリゼの暮らしていた環境と、真理の日常は異なるところが多いのだ。
両手いっぱいの荷物を持ち、帰宅する真理と祥太。
祥太は、買い物袋を一つだけ持っているが、ほとんどは真理が持っている。
これも考えられない。
「女性の方が大荷物をもっているだなんて。まったくもって考えられないわ」
とエリゼ。
しかし、周囲を見渡すと周りにいた真理と同年代らしき夫婦は、似たり寄ったりだ。
夫と思われる男性が、ポッケに手を突っ込みながらさっさと歩く。
その後ろを、大きな袋を下げた妻が小走りに追っている。
また、若い夫婦であっても、
赤子を抱き、小さな子の手を引き、荷物をもちながら歩く女性。
その横で、夫はスマホの操作に夢中だ。
そんな光景まで目の当たりにした。
もちろん、お互い気遣いながら歩く夫婦、家族の姿も多いのだが、エリゼとしては、見たこともない情景がより際立って見えてしまったのだ。
祥太は優しく、そして穏やかだ。
真理たち家族の事を守り、慈しんでくれている。
それはわかる。
しかし、それとこれは話が違う。
腹立たしい気持ちで祥太の背中を見つめながら、真理は歩みを速めたのだった。
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