はくちょうのみずうみ
演目の波紋
「え、いま、なんて?」
「次の発表会?」
「はくちょう?」
「はくちょうのみずうみ、ですって?」
「白鳥の湖なんですか?」
ざわめきが大きくなる。
真理と幸子の誕生日女子会で、
遅れて参加した康太先生がポロリと口を滑らすように言ったのだ。
すぐにとなりのいずみ先生に突かれて、しまった、という顔をしたが既に遅い。
周囲はしっかりと聞いていた。
次の発表会、演目は「白鳥の湖」だと。
白鳥の湖、バレエに詳しくなくてもその名を聞いたことはあるだろう。
誰もが知るバレエの代表的な作品だ。
それを、「あすかバレエスタジオ」の発表会で?
「康太くん、まだ内緒だって。でも、もう聞いちゃったんだから仕方ないか」
といずみ先生が言う。
康太というと、これまた苦笑いで所在なさげだ。
となりの大河も慌てた様子だ。
「ネタばれしちゃったからには、もうきちんと話をするね」
といずみ先生。
次回の「あすかバレエスタジオ」の発表会では、「白鳥の湖」をメインの演目にすることに。
全幕か、抜粋かはまだ検討中だけれど、出来れば全幕でやりたいと思ってること。
どちらにせよ人員不足なので、康太の主催するバレエスタジオの生徒たちに協賛出演してもらう予定であること。
が伝えられた。
「で、私たちの出番も多い、といのは本当?」
と恐る恐る尋ねたのはしのぶだ。
「そうなのよ。あすかのクラス、ちょうど中3と高3の子がたくさんいるじゃない。だから今回の発表会に全力投球出来ない子が多いらしいの。
発表会の時期をずらしたくはないし、それから会場取れちゃったしね。
それで、康太くんの教室と、みなさんに協力をお願いしようってあすかと話したのよ」
といずみ先生が言う。
そんな状況で大作である「白鳥の湖」を演るんだ。
とエリゼは思った。
真理の意識と、与えられた知識から、この国では高校受験、大学受験があり一時的に「習い事」から離れる子もいるのだと。
それが一時的ではない場合もあるが。
エリゼの通った、パレ・ロワイヤルバレエ学校でも公演や発表会があった。
もちろん、全員参加だ。
出ない、という選択肢はない。
いや、落第が決まっている生徒は役が与えられないから、ある意味出られないのだが。
「あすかバレエスタジオ」
コンクールに頻繁に出場するようなプロのバレリーナを目指す生徒も多い。
舞香のように、受験を回避するために一貫校へ通っている者もいる。
それでも、大抵の生徒は中学三年生で高校受験という壁に当たる。
その頃は、稽古をセーブしたり、一時バレエから離れて高校進学を目指す。
高校生になり、また前のようにバレエに対する情熱があるかどうか、それは微妙だ。
舞香がいい例だ。
受験でバレエから遠ざかったわけでもないのに、環境が変わると言うことはそれほどの影響力があるのだ。
「まあ、出演者に関しては問題山積なんだけど、あの会場が抑えられたのは奇跡にちかくてね。
どうしても、みんなであの舞台に立ってもらいたいのよ」
といずみ先生が言う。
あの会場。
前回の発表会で使ったホールとは違い、もっと設備の整った会場だ。
プロのバレエ団が公演に使用することもある。
使用希望する団体が多く、その使用権は抽選だ。
いつもかなりの高倍率だと言う。
「もともと、次回はこうなることがわかってはいたんだけど、あの会場が当たるわけないって思っていてね。それが、第一希望日で大当たり。これも運命よ」
といずみ先生。
「で、私たちにはどんな役が?」
とそこに口を出したのが真由子だった。
それは、その場にいたほぼ全員が知りたいことだ。
「そうですね、第一幕の貴族とか、マズルカ、チャルダッシュなんかかな。華やかな踊りばかりよ」
といずみ先生が言う。
「あの、白鳥の湖の他には?バレエコンサートとか」
と聞いたのは真理だ。
通常の「あすかバレエスタジオ」の発表会なら、
幕物とは別に、いろいろなバリエーションや、パ・ド・ドゥなどの小品を踊るバレエコンサートと呼んでいる演目がある。
「そうねえ、バレエコンサート、このままだと出来ないかもね。
出演者の人数にもよるけど」
といずみ先生。
確かにそうだ。
白鳥の湖は抜粋になったとしても、かなりボリュームのある演目だ。
それに加えてバレエコンサートまで。
それをこなすには、技量が足りない出演者が多い。
「まあ、バレエ団じゃないんだから、バレコンはやりたいんだけどね」
いずみ先生がそう続ける。
もしも、小品集であるバレエコンサートがなかったら。
真理が舞台の真ん中で踊る機会は絶望的だ。
白鳥の湖にはたくさんの出演者が踊り、見せ場もたくさんある。
しかし、真理が真ん中で踊ることが出来るような演目がエリゼにには思い浮かばない。
「でもね、白鳥の湖全幕っていうのも素晴らしいじゃない。
このメンバーとあすかの生徒、それから康太君たちの協力があればできると思うの」
といずみ先生。
その言葉を聞いて、エリゼはすっかり意気消沈していたのだった。
応援していただけるとうれしいです。




