夫、「違和感」を感じる
夫は敏感に妻の変化に気付く?
「あれ、ママ?」
と祥太は去って行く真理を目で追った。
少しの違和感を感じながら。
久しぶりの我が家、久しぶりの妻と娘。
懐かしい自室の匂いを嗅ぎながら、祥太は改めて安堵の多も息をつく。
やはり家族と過ごす時間は格別だ、と。
それなのに。
何かが引っかかる。
娘の舞香、近年はお年頃なのもありなかなか気難しいことが多かった。
それが、小さかった頃の気さくで人懐っこい娘に戻っているではないか。
それなら、こんな違和感を感じるはずがない。
やはり、真理だ。
どこか、違う。
まとう空気、心の色。
それが今までの、自分の知っている妻ではない。
祥太と真理が結婚して20年が経とうとしている。
長い年月を共に生きてきた夫婦。
特に祥太は愛妻家だ。
しかも今は離れて暮らす身、久しぶりに会う時には些細な変化にも気付くのだ。
そう言えば、
以前より、明るくなった、それに姿勢も良くなりハツラツとしている。
なにより、目が輝いている。
しかし、それならば「違和感」とは感じないはずだ。
この違和感、どこか嫌なものがある。
決定的なのが、飲み会のことだ。
いつもの真理ならば、何と言うか、もっと低姿勢だ。
「断れなくて、ごめんね、申し訳ないけど行かせてもらうわ」
それくらいの事を言ったはずだ。
しかし、先ほどはそんな言葉はなかった。
行って当然、そんな感じの言い方だ。
もちろん、真理が飲み会に参加することが悪いはずがない。行くことを反対しているわけでもない。
ドタキャンなどしてほしいはずがない。
妻が楽しいひと時を過ごすなら、喜んで送り出すつもりだ。
今までもそうしてきた、と、思う。
それでも、妻、真理はいつも自分に、子供たちに気を使い、
「ごめんね」
を繰り返していた。
いつの間にかそれが当たり前になっていた。
いつも家族の事を優先して、自分を後回しにしていた妻。
それどころか、家の事をすべてこなし、そのうえ仕事もほぼフルタイム。
その収入のほとんどは家計の足しにしているのだ。
もちろん、夢であった舞香のバレエにかかる費用の捻出も大きかったのだが。
自分の収入も決して悪くはない。
いや、いわゆる高収入の部類だ。
それでも、一般家庭である我が家で、娘を小学校から私立校へ通わせ、バレエを習わせ、息子を地方都市で一人暮らしさせながら通学させるのはなかなか厳しい。
それをすべて切り盛りしていたのが、妻の真理の家計の采配だった。
「いや、今は金の事じゃなくて」
と一人でつぶやきながら首をふつ祥太。
妻、真理の事を考えると真っ先に思い浮かんだのがこの「家計」のことだった。
「違うだろう」
と祥太。
家族の中の真理、ではなく妻としての真理。
そう思えなかった自分。
いつの間にか真理は妻である前に、母であり家族を黙って支える縁の下の力持ち、そんな存在になっていた。
「愛情は変わっていないんだけどな」
とポツリとつぶやく祥太。
だからこそ、真理が自分らしく「輝く」ことには大賛成のはず。
自分の部屋で一人、大きく首を振る祥太。
妻、真理の違和感を何とか受け入れようとしていたのだ。
いや、受け入れると言うよりも、気付かないようにした、それが正しいかもしれない。
翌日、久しぶりの我が家で目を覚ました祥太。
台所からは、朝食のいい匂いが漂っていた。
食卓にはすでに、準備が整っていた。
焼き魚、卵焼き、それに味噌汁。
和食の朝食だ。
赴任先では職場の宿舎で暮らしている。
食堂もあり、食事には困っていない。
しかし、和食はあまり出てこず、帰国するといつも真理はこれでもかと、和のテイストを味あわせてくれるのだ。
「やっぱり、いつものママだ」
と祥太。
食卓にはすでに舞香も席についている。
味噌汁をよそって、運んでくる真理。
だしが香ばしくいい匂いを漂わせている。
三人揃ったところで、朝食のスタートだ。
舞香はその日の予定を話す。
午前中は、家でのんびりと過ごし、午後からは図書館に行き学校の宿題を済ませてくるとのことだ。
「ママは、夕方から出かけるわ。4時くらいには出るから」
と真理。
そして、
「パパは?」
と舞香が祥太に問いかけた。
「ああ、荷物を整理して近所を散歩したりのんびりしているよ」
と祥太。
実はこの日は予定らしきものは何もないのだ。
「それがいいわね。明日はお兄ちゃん帰ってくるし、朝一で向こうを立つって。だからそれからママのお誕生日とパパのお帰り会、しよう」
と舞香が言う。
「じゃあ、そういうことで」
と真理。
ここでも、低姿勢な発言はなかった。
でももう祥太も気にはしない。
そう決めたから。
日の光が差し込む、我が家の居間を眺める祥太。
いつもの我が家だ。
相変わらず掃除は行き届き、きちんと整理整頓されている。
これもすべて真理の采配だ。
単身赴任をしてわかった、部屋は勝手に綺麗にはならない事を。
真理が気を配り、家を居心地よく保ってくれている。
改めて、妻に感謝だ。
真理への想いを心新たにしていた時、背後から舞香の声がした。
「あ、パパ、ここは開けちゃだめだからね」
と。
舞香の指さした先には、居間の奥の収納戸棚があった。
「ママったら、ごちゃごちゃしてたもの、ぜーんぶここに突っ込んであるのよ」
と小声で言う舞香。
祥太の知る限り、真理はそんなことはしない。
手が付けられないほど、散らかる前にきちんと片付ける。
その日の汚れはその日のうちに綺麗にする、そんな感じで。
「やはり、今の真理はどこか変だ」
と祥太は思わずにはいられなかった。
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