夫、帰宅する
夫、単身赴任先からの帰宅
天国の門、管制室。
その一か所に、審査官たちが集まっている。
その全員が見つめているのが、一つのメーターだ。
そこには、小さなメーターがいくつも並んでいる。
「これでは契約者の本心が表に出ることはないだろう」
と一人の審査官が言う。
「挑戦者に知らせないと」
「何か重大な決定事項が起きる前に」
口々に言う審査官たち。
「この挑戦者との面談は四日後です。それまでは伝える術はありません」
そう言う審査官は、エリゼの担当でもあるルイーゼだ。
「ゲートマスターはなんとおっしゃいでだ?」
と審査官の一人がルイーゼに詰め寄るように言う。
「まだお動きにはなられません」
とルイーゼ。
「じゃあ、どうするつもりだ。このまま黙って見ていろと?このままでは契約者の家族の将来が大きく変わってしまうぞ」
と更に語気を強めるその審査官。
「そんなこと、わたくしにおっしゃられても」
とルイーゼ。
「確かに、担当のルイーゼに言ってもしかたのないことですわ。ゲートマスターが静観している以上、
私たちにできることはありません」
と別の審査官が言う。
「こんなことが起きるだなんて、初めて見た。メーターの故障なのか」
と先ほどの怒れる審査官。
ここ、天国の門の管制室では、エリゼのように生死をさまよいながら、条件を果たせば生還できる、「契約」に挑戦している人々を一括して監視している。
エリゼたちは「挑戦者」と呼ばれており、真理のような立場の者たちは「契約者」と呼ばれている。
挑戦者は契約者の身体に憑依する。
精神を乗っ取る場合、共存する場合、その時により様々だ。
挑戦者と契約者の精神バランスを表しているのがこの「メーター」だ。
だいたい、挑戦者、契約者一組につき10個ほどがある。
エリゼが真理の身体にいながら、真理として振舞えるのはこのメーターのお陰でもある。
どれも、真理の本心がきちんと配分されている。
それなのに、一つのメーターだけがその数値が低い。
その針は限りなくゼロに近いところを指している。
これでは真理の本心はほぼ表には出てこないだろう。
それが、「娘の進路にかかわること」を司るメーターだ。
これが故障なのか、何か意図することがあるのか、審査官たちもわかりかねている。
「パパは今日、何時頃帰ってくるの?」
と舞香。
「そうね、8時ごろじゃないかな」
と答える真理。
いよいよ、真理の夫、舞香の父である祥太が家に帰ってくる日になった。
家の中はいつにも増して、綺麗に整えられており玄関や居間には、鮮やかな花々も生けられている。
何日も前から真理が、どの部屋も丹念に掃除をした。
特に、しばらく空いていた祥太の部屋は、風通しをよくし寝具を天日干しし、主の帰りを待っている。
「駅に着いたよ」
と真理のスマホに連絡があった。
祥太がもうすぐそこまで帰ってきている。
「わ、どきどきする」
と思わず口に出すエリゼ。
「エリゼには旦那さんとか彼氏とかいなかったの?」
と舞香。
「そりゃあ、まあ、私だって大人だからね。そんな相手はいたんだけど」
と話すエリゼだが、
「なんで過去形なんだろう」
と続けた。
ここは、エリゼの生きている時代ではない。
その時間の違いをどこかで感じているエリゼ。
「もう、待っていてはくれないかな」
と、思わず寂しそうに言った。
「じゃ、ここで新しい彼氏でも見つければ?」
と舞香が言うが、
「そんなことをしたら、審査官にすぐに連れ戻されるわよ。
それに、見た目は真理なんだから、そんな色恋沙汰にうつつをぬかすわけにはいかないの」
とエリゼ。
そんなことを話している時、玄関チャイムが鳴った。
祥太だ。
「お帰りー」
と大きな声で出迎えた真理と舞香。
祥太が抱えていた大きな荷物を、真理と舞香で家に運び入れた。
そして、まずは自室で着替えをする祥太。
しばらくすると、真理と舞香の待つ居間へとやって来た。
「改めて、ただいま、ママ、舞香」
と祥太。
居間のテーブルには、祥太の土産の外国の菓子が並んでいる。
真理がお茶を運んできた。
長男は不在だが、両親と舞香が揃うのは久しぶりだ。
「舞香、少し見ないうちに大人っぽくなったんじゃない?」
と祥太。
「そうかな」
と舞香が言う。
「舞香に動画送ってくれって頼んだのに、全然送ってくれないし」
と祥太が不満げに言う。
「そりゃ、躊躇するでしょう。年頃の娘なんだから」
と舞香。
「小さい頃はよくパパの前で踊ってくれて、ビデオ撮れたんだけどな」
と祥太が懐かしそうに言うが、
「よく考えれば、それも十分キモイ」
と舞香がキッパリと言った。
「じゃ、今度はママが踊ってる動画でも送ってもらえばいいじゃん」
と舞香が続けた。
「それもキモイ」
と真理。
祥太の土産の菓子を頬張りながら言った。
「さ、お菓子はこれくらいにしないとね」
と真理。
夜遅い時間におやつは禁物だ。
「ママがこれを一気に食べないなんて」
と祥太が驚いて言った。
祥太の土産の菓子、
それは祥太の赴任先の国を代表するお菓子で、真理の大好物なのだ。
帰国の度、祥太は真理のためにこの菓子を持ち帰っている。
そして、その日のうちに真理のお腹に消えていたのだ。
真理と舞香、そして祥太の三人で、話に花が咲いた。
その日が終わろうとしていたこと、やっとそれぞれが引き上げる。
「じゃあ、ママは明日、飲み会なんだよね」
と祥太が言う。
明日は、いずみ先生のバレエクラスの仲間たちが計画してくれた真理と幸子のお誕生日会だ。
「そうよ、焼き鳥屋さんに行くの」
とだけ言うと、真理はお休み、と言いながら部屋へと向かった。
その姿を見ながら祥太は何か違和感を感じた。
「そうよ、その一言だけ?」
と。
今までの真理であれば、もっと違う言い方をしていたのだ。
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