スタジオ・アーツインのグランワルツ
レッスンが終わり
レッスン最後の「グランワルツ」
ここ、スタジオ・アーツインの初中級クラスともなれば、振りはそれなりに複雑で難易度も高い。
真理たち、代替え受講組には講師から、少し簡単に修正があった。
右へ左へと方向転換する際の、足さばきはシンプルに、回転しながら進むところも回りきれない場合は省略可だそうだ。
「できる人は、そのままでもいいわよ」
と講師。
もともと指示をした振りでも、簡単になった方でもどちらを踊ってもいいということだ。
ピアノは、リズミカルなワルツの演奏だ。
受講者たちはテンポよく踊ってゆく。
もう真理たちの番だ。
真理と真由子、そしてあと3人がスタジオの左奥でスタンバイをする。
立ち位置は、二人が前、三人が後ろで三角を作るように並んだ。
前の二入は、自然な流れで真理と真由子になった。
真理が右側にいる。
右側にいる真理に、
「そっちで大丈夫?」
と真由子が心配そうな表情で言う。
右側にいると、先に進むことになり隣のチラ見が難しいのだ。
真理は真由子の申し出を、笑顔でかわしてそのままスタンバイをした。
ピアニストが弾いているのは、バレエの練習曲としてよく使われるワルツだ。
エリゼはこの曲に乗って何度も何度も踊ったバレエ学校時代を思い出していた。
「動きをエレガンスに。曲のテンポをよく聞いて」
そんな指摘も懐かしい。
いつしか、バレエ学校の授業でやっていたのと同じように、踊りに入る前のプレパレーションをする真理。
以前、いずみ先生のバレエクラスでもやった、優雅な腕の動きだ。
それから、指示されたステップを踏みながら、ジャンプ、回転、そしてアラベスク。
振り返り、向きを変えてもう一つのジャンプ。
とグランワルツは進んでゆく。
最後は、ステップを組み合わせて、助走をつけて大きなジャンプで締めくくる。
その最後のジャンプに入ろうとした時、真理の視界が遮られた。
目の前に、真由子の背中が見えている。
ちょうど、真理の進路になる位置だ。
このまま進むと、真由子とぶつかってしまいそうだ。
真由子が直前のステップで、方向転換したときに、向きを間違えたのだ。
しかし真理の前にいる真由子は自分が経路を邪魔しているとは気づいていない。
真理は鏡越しに、真由子が場所を間違えていることを確認して、真由子に伝えようとしたが、
振りに夢中な真由子は、真理の合図に気付くことはなかった。
「鏡をみている余裕はないか」
と真理。
すっと、自分の立ち位置を変えて、真由子と重ならないように最後のステップを始めた。
最後の大きなジャンプを飛び、そのままスタジオの隅まで駆け抜けた真理。
そこで、
「きれいな走り方ね」
と声をかけられた。
真理に話しかけたのは、何処から見てもバレリーナな綺麗な女性だった。
真理たちの後には、男性の受講者が続いた。
その中には大河もいる。
女性の振りよりも、ダイナミックに力強くステップを踏む。
ジャンプの高さもかなり違う。
スタジオ内が一気に熱気に包まれるようだ。
そして、グランワルツが終わると、全員でのクールダウンとなる。
人数が多いため、少々間隔が狭いがスタジオに並んだ受講者が全員で、ゆっくりと手を大きく動かし、
軽く足を延ばし、そして背中をそって全身を伸ばす。
圧巻な光景だ。
鏡越しにそんな姿を見ていたのは舞香だ。
鏡の中の母を探す。
周囲とまったく引けを取らない、その腕の動き。
それに、先ほどのグランワルツでの軌道の回避。
とても場慣れしていた。
母が子供の頃、バレエを習っていたのは知っている。
しかし、残されている「ビデオ」を見る限りこんな動きは出来てはいなかった。
それに、このロワイヤルスタイル。
「ママじゃない」
舞香の違和感はもう確信へと変わっていた。
レッスンは、そのまま最後のレヴァランスに。
講師と、そしてピアニストに感謝を込めてお礼をするのだ。
そして、沸き起こる拍手。
その日のレッスンを終えた者同士、その労をねぎらいながら称え合うのだ。
「いやあ、真理さん。なかなか動けるじゃないですか」
と大河がタオルで汗を拭きながら真理に話しかけてきた。
「ほんと、何とかついて行けてよかったわよね、私たち」
と返事をしたのは真由子だった。
「ママ、お疲れ」
と舞香もやって来た。
楓も一緒だ。
しばらく談笑する真理たち。
「これなら、次の発表会、しっかりと踊れますね」
と大河が真理に言う。
「まあ、大河君も次の発表会に出てくれるの?」
とまたしても真由子が返事をした。
合同発表会では、大河と会ってはおらず面識はないはずの真由子だが、まるで知り合いな話し方だ。
「康太先輩から声をかけてもらっています。まだわかりませんが」
と大河。
しかし、それ以上触れず、
「きみは、真理さんのお嬢さんかな。バレエ辞めちゃったって聞いたけど、全然踊れるじゃん」
と舞香に話しかける大河。
舞香と大河、そして楓。
若いダンサー同士でしばらく会話が弾んでいた。
「真理ちゃん、あの人、かつては若手のホープって言われていたのよね。
そんな有望ダンサーが出てくれるなんてね」
と真由子。
「私、次は男性ダンサーと組んで踊ってみたいわ」
と真由子が言った。
「いずみちゃんも、あなたなら出来そうね、って言っていたしね」
と続ける。
その眼は何処までも自身にあふれていた。
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