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48歳からの大人バレエ ~うちのママに天才バレリーナが憑依しちゃいました~  作者: 明けの明星


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6/22

大人のためのバレエクラス

バレエの身支度は整った?

その日、真理は朝から落ち着かなかった。

相変わらず、娘の舞香と二人だけの生活、家事はそれほど負担ではない、仕事だって無理することもなく無難にこなしている。

そんな真理は朝からどこかソワソワして心ここにあらず、だ。


「ママ、嬉しそうだね」

と登校の支度をしていた舞香が言った。

母がこの日、初めて大人のバレエクラスに行くことを知っていたのだ。


母から、

「ママ、バレエ始める」

と宣言された時、

正直、戸惑った。


ママが、バレエを?

踊るんですか???


ママはいつだって、黙って遠くから見ている方だったじゃない、

それなのに、自分から踊るの?


それは、まだ少しだけ残っていた舞香のバレエに対するプライドと自信が自然と嫌悪感を覚えさせた。

軽々しく言わないでほしい、バレエやるって。


しかし、舞香は母がバレエをこよなく愛していることも知っていた。

舞香とはよくバレエの話をした、舞香自身の事ではなく活躍していダンサーや、来日予定の海外のバレエ団の事など。

そんなことを話している時の母は、いつも生き生きとして目を輝かせていたものだ。


それに、母自身子供の頃、バレエを習っていたことも知っている。

あまりいい思い出ではないようだが。


母はきっとどこかでバレエとつながっていたいのだろう、自分が辞めてしまった以上、バレエとの絆をつなぎとめる方法を模索したのだろう。


それが、「自分がバレエを始める」だったのだ。


そんな母の決断を舞香は反対するわけでも、盛大に応援するわけでもなく、ただ黙って受け入れた。

初めてのレッスンの朝、なんだか舞い上がる母を素直に「嬉しそう」と思うことはできた。


「じゃ、頑張ってね。私、今日はバイトで帰りは遅いから」

と言い残して登校する舞香。


「頑張って」

その一言を言う音が出来た。

駅までの道を歩きながら少しだけ安心している舞香がいた。


自分が辞めたバレエを母が。

その思いが複雑に心を巡っていたのだ。


舞香を送り出した後、母の真理は一通りの家事を済ませた。

掃除と洗濯、それから朝食の後片付け。

どれも、さほど時間はかからない。


その後、普段ならパートに出かけるがその日は仕事を休んでいた。

初めてのお稽古の前に疲れたりしたくない、から。


「さてと」

と一息つきながら、真理はクローゼットで買ったばかりのバレエ練習着を取り出した。

レオタードと呼ばれているその稽古着。

まだ続くかもわからない、舞香のお古を借りることも考えたがどれも細身すぎてとても着られそうにない。


そのため数日前、バレエ用品専門店で新調してきたのだ。

これまでは、舞香のレオタードやシューズを揃えるために頻繁に通っていた店だ。


店員さんとも顔なじみだった。

真理の姿を見て、当然舞香の品を求めに来たと思う店員、

しかし、


「今度、私が大人の」

と緊張しながら言う。


「大人のストレッチ教室に通うことになったの。だからレオタードとシューズを」

と真理。


「大人のバレエ教室に通う」

と素直に言えない真理だった。


レオタードと上に着るニット、それから腰に巻くスカート、あとはバレエシューズ。

これだけ揃えて、万札を三枚払って少しのお釣りが返って来た。


レオタードは身体の線がはっきりわかるように作られている。

バレエの上達を目的にしている人たちは、身体をはっきりと鏡に映して自分の姿を確認する。

それに、教える側も筋肉の付き方、軸のライン、これがよく見えるシンプルなスタイルを推奨していた。


しかし、大人のクラスとなると話は違う。

レオタード一枚だなんて、冗談じゃない。

いや、とても見せられないし、自分でも直視できない。


と言うわけで、大人クラスはレオタードに巻きスカートを付け、上半身も露出を隠すためにニットやTシャツを着たりする。


ストレッチクラス、と言いながら選んでいるのは、バレエ用のウエアばかりの真理。

店員はうすうす事情を察していたようだ。


「舞香ちゃんのママなら脚がきれいだからこちらは?」

と勧めてくれたのは、長すぎない丈のシフォンのスカートだった。


買いそろえたバレエ用の衣類を並べてみる真理。

なんだか胸がときめいた。

それに、「脚がきれい」だなんて。お世辞でもうれしい。


舞香は小さい頃こそ、母真理の選んだフリルがたくさんついたレオタードを着ていたが、

大きくなるにつれ、シンプルで装飾のない物を好んだ。

ニットを羽織ることも、スカートを付けることもなかった。


「舞香じゃないんだから、いいのよ」

と真理がつぶやく。


そうこうしている間にそろそろレッスンに出かける時間になっていた。

レッスン着やシューズをこれまた新調した大きなバッグに詰め込んで家を出た。


「大人のバレエクラス」

が行われるのは、舞香が通っていたバレエ教室のスタジオだ。

舞香が習ってきた先生のお姉さんが講師だそうだ。


ついこの前、バレエを辞めると言い出した舞香の事を相談するために

この道を歩いた。

そして、何の打開策を得ることも出来ず、バレエは無期限でお休みする、そんな現実を突きつけられながら帰った。


それが今は、この自分がレオタードを着る、久しぶりにバーを持つ。

子供の頃以来だ。

久しぶりに受けるバレエのレッスンに、心が躍って歩みも軽やかになっていた。


バレエ教室に着くと、すぐに、


「大人の生徒さんですね、よろしくお願いします」

と声がした。

舞香の先生のお姉さんだ。


「私は、大和いずみと言います。あすかの姉の。

今日から皆さんのご指導をさせていただきます」

と深々と頭を下げるいずみ。


「わぁーいずみ先生とおっしゃるんですね、初めまして。

こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

と甲高い声がした。


真理がふと周囲を見回すと既に数人の「大人の生徒」が集まっていた。

その一人がいずみに向かって満面の笑みで語り掛けていたのだ。


それからいずみに促されて、その場にいた「大人の生徒」は更衣室へと案内された。

真理以外はここに来るのは初めてのようだ。


それから、皆それぞれ着替えをした。

初めて会う同士、ぎこちないが多少の会話をしながら。


「みなさん、きれい」

と真理がふとつぶやいた。


大人のバレエクラスに集まった「大人の生徒」たち。

手足が長く、あでやかなレオタードがよく似合う人たちばかりだったのだ。

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