スタジオ・アーツイン 思いがけない展開
疑問を持った舞香、この先どうする?
「ねえ、ママ。今度スタジオ・アーツインのレッスン、私も行ってもいい?」
と舞香が真理に言った。
舞香の担任から、進路について連絡があったのは数日前。
それ以降、母真理の態度にいっそうの違和感を覚える舞香。
「自分の進みたい道を自分で決めればいい」
など言うなんて、まるで母らしくない。
今までの母は。
どちらかと言うと過保護で、過干渉。
舞香の進む道にさりげなく自分の夢を乗せ、何処にも寄り道が出来ないレールを敷いた。
まあ、それも中学生までだったのだが。
高校背になった舞香は、自分の意思を通しバレエを辞めた。
それでも、母は舞香がA大の学生になることを心のよりどころにしながら、それを認めてくれた。
母、真理の希望、その最後の砦でもある、A大への進学。
それを否定したというのに、何ともあっさりした反応。
「なんか、ドライなのよね」
と舞香。
舞香が中学生になり、いわゆる「難しいお年頃」になってからはいささか改められたが、
母は元来心配性だ。
そして、何でも先回りして回避してしまう。
それが、なんとも鬱陶しく嫌だった。
あからさまに反抗などはしなかったが、出来るだけ顔を合わさず、会話も最小限になっていた時期が確かにあった。
それなのに。
さりげない日常の会話が、最近やけになんだか、「かみ合う」のだ。
まるで同年代、いや少し先輩とでも話しているようだ。
夕食後、母とダイニングテーブルで向かい合い、たわいないお喋りをする時間が格段に増えた。
それから、この前行ったカトレア・クラブのオープンクラス。
そこでの母、あのバレエスタイル。
まるっきり、ロワイヤルスタイルだった。
自分の通っていたあすかバレエスタジオはロシアンスタイルを取り入れているバレエ教室だ。
いずみ先生のレッスンを受けたことはないが、あすか先生とは姉妹、メソッドも同じだろう。
「誰かがママを乗っ取っているってことかしら。まあ、ママがちゃんと存在しているなら、別にいいんだけど」
と舞香が心で思う。
「異世界ファンタジーってやつかしら」
と舞香。
舞香はこの手のアニメやゲームが大好きなのだ。
そして、スタジオ・アーツインのレッスンに行く日が来た。
この日は休日だ。
真理と真由子の都合が合わず、平日に行くことが難しかったのだ。
「私はその方が嬉しいけどね」
と急遽同行することになった舞香。
久しぶりのスタジオ・アーツイン。
入り口で待ち合わせる真理たちと真由子。
その横を、いかにもバレリーナな女性たちが通り過ぎる。
「休みの日は学生が多いんだよね」
と舞香。
受付でるみ先生の基礎クラスの受講を申し込む。
しかし、受付の係員が、
「本日、るみ先生の基礎クラスが急遽休講となりまして、代替として同じ時間の初中級をご案内しているのですが」
と言うではないか。
その言葉を聞いて無言で母、真理を見つめる舞香。
その眼は「今日は受けずに、帰ろう」そう語っていた。
がしかし。
「では、それでお願いします」
と真由子の声が響いた。
早々に受講料を支払う真由子。
その側で明らかに戸惑っている真理と舞香。
「講師はその旨把握しておりますので大丈夫ですよ」
と声をかけてくれる受付の人。
どうやら、基礎クラスを受ける予定だった受講者が混ざることは、初中級クラスを受け持つ講師にも伝えられており、ある程度の配慮はしてもらえるらしい。
「じゃあ、安心だね」
と舞香が言う。
真理と舞香も受講料を支払い、真由子と共に更衣室へと向かった。
「舞香ちゃん、声が大きいって」
と真由子が苦笑いしながら言った。
「安心だなんて、そんなに不安がらなくても」
と真由子。
先程、思わずこぼれた舞香の言葉、それをいかにもバレリーナな学生風の女子数人がクスクス笑いながら聞いていた、と言うのだ。
更衣室に入ると、すでに大勢の受講者たちが支度をしていた。
さきほど「クスクス笑った」女子たちもいる。
真由子はその女子たちから一番遠いロッカー前で着替えを始めた。
釣られるように真理と舞香もその側に行く。
「あれ、舞香ちゃん?」
と声がした。
舞香に向かって手を振りながら一人の少女が近寄って来た。
すでにレオタードに着替えている、手足が長く、ボディラインが美しい「バレリーナ」だ。
「楓ちゃん?」
と舞香。
その言葉に真理も思わずその少女を見た。
結城楓、舞香と同年代で以前何度かコンクールで一緒になったことがある。
入賞の常連で、将来を嘱望されている若きダンサーだ。
「舞香ちゃん、バレエ辞めちゃったって聞いたから」
と楓は小さな声で舞香に聞いた。
「そうなんだ。コンクールなんかはもう出ない事にしたんだけど、普通のお稽古はまたやりたくて」
と舞香。
「そっか、それもいいよね、舞香ちゃんの踊りたいように踊ればいいよ」
と楓。
周囲に聞かれないように、声をひそめて話す楓。
周りにいるバレエ少女たち。
コンクールなんて言葉には敏感だ。
「楓ちゃんは?」
と舞香。
すると楓は再び、舞香だけに聞こえるほどの小さな声で、
「今ね、クイーン・エリスバレエアカデミーに留学しているの。休暇で帰国中よ」
と楓。
前回の国際的なコンクールで上位に入賞し、奨学金を経てバレエ留学していると言う楓。
2年の予定で、帰国したらすぐに国内のバレ団と契約するとのだと。
「もうそんなところまで決まってるんだ」
と驚く舞香。
「だって、留学にはすごくお金がかかるでしょう?だからバレエ団が契約を条件に資金援助をしてくれているのよ」
と楓。
それを聞いて、思わず言葉に詰まる舞香。
夢を叶えるために、様々な足かせがかかっいる楓に何と言えばいいのかわからないのだ。
「舞香ちゃんのママもバレエ始めたんですね」
と楓が会話の矛先を変えた。
今まで、舞香の付き添いとして何度も会ったことがある。
しかし、稽古着を着ている姿を見るのは初めてた。
「そうなのよ、舞香がバレエを辞めた時に、それならママが踊るわって始めたの」
と真理。
「うちの母も自分で踊ればいいのにね」
と笑う楓。
「初中級クラスが始まりますので、更衣室にいる受講者の方はスタジオにご移動お願いします」
とアナウンスが入った。
「じゃ、がんばろっか」
と舞香が楓と共にスタジオに向かった。
真理と真由子も後を追う。
今回は、以前真由子が受けたところよりも広いスタジオだ。
一歩スタジオ内に入ると、そこにはすでに大勢の受講者が待機していた。
そのほとんどが、シニヨンを結った形の良い頭をして、長い手足と美しい身体の「バレリーナ」たちだった。
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