進路希望と深まる疑問
舞香が気付き始めた
その日の夕方、舞香の学校の担任から、真理に電話があった。
真理が天国の門の審査官と面談をした数日後のことだ。
「舞香さんが、そのまま上には行かず他校に進学したいと言っておられますが、
これはご両親様もご承知おきのことなのでしょうか」
と担任。
電話の相手の言葉を真理の理解が追い付かない。
しばらくの沈黙の後、
「それは、受験をするということでしょうか」
とやっと言葉を発した真理。
するとで電話口の相手である、担任教師が、
「そう申し上げておりますが」
と少しばかりムッとした口調で言った。
このあたりで、ようやく真理は、舞香がそのままエスカレーター式に進学できる付属の大学ではなく、他の大学を希望しているのだとわかった。
舞香が通っているのは、小学校から大学まである。
小、中、高、どこからでも入学が出来るが、年齢が上がるにつれて難易度が増す。
大学は、国内でも有数の難関大学として知られている。
舞香はその学校を小学校から通っている。
小学校の「お受験」はそれなりに大変だったが、真理の細やかで地道な努力、舞香の持ち前の負けず嫌い、そして祥太の経済的なサポートにより合格することが出来たのだ。
この学校で、そこそこの成績を取っていれば、そのまま大学まではストレートで進学できる。
受験勉強に専念しなければならない、そんな心配もない。
幼稚園の頃には既にバレエのレッスンを始めていた舞香。
真理は、舞香が受験のためバレエを辞めたりすることのないように、小学校から一貫校に進学「させた」のだ。
高校生になり、受験はしなかったのに、バレエは辞めた舞香。
それでも、このまま付属の大学へ進学し、青春を謳歌するのもいいではないか。
真理はそう納得させようとしていた。
それが、なぜ今更。
このまま進める大学は、様々な学部が揃っている総合大学で、キャンパスもほぼ都心。
自宅から通える距離だ。
幸い、舞香の成績なら最難関の医学部以外なら、どの学部にでも進学出来るだろう。
「本人からはまだ何も聞いておりませんので」
とどもりながら話す真理。
まあ、真実なのだが。
「やはりそうでしたか。それでは舞香さんと一度お話しください。
進路によりクラス編成も変わってきますので」
と言うと、担任は電話を切った。
「どうしよう」
とエリゼはただ焦る。
こんな事は想定外だ。
天国の門の審査官との面談も終わったばかり、次回はまだ先。
相談することも出来ない。
まずは舞香に話を聞いてみない事には。
夕食時、真理を舞香は二人で食卓を囲んだ。
しばらくはお互い無言で箸を薦めたが、やっと真理が口を開いた。
「ねえ、舞香ちゃん。今日学校から電話があったわ」
と真理。
その瞬間、舞香の顔がこわばった。
明らかにバツの悪そうな表情になる舞香。
「あの、えっと、これは」
としどろもどろに話す舞香。
「まあ、自分の将来だから。自分で決めるといいわ」
と真理が言った。
「え?」
舞香が驚いて真理を見る。
「なんで?」
思わず、問いただす。
「だから、あなたの好きなすればいいわ」
と真理がもう一度言う。
自分の将来だ、
自分で決めるのが一番いい、それに当たり前の事だ。
エリゼの育ってきた環境では、高校を卒業した後はもう自立した大人と扱われる。
進路と言った将来のことも自分で考えて、自分で決める。
もちろん、親や先生に相談はするけれど、大抵は自分の意思が尊重される。
だから、いまの真理もそう答えただけなのだが、なぜ舞香はこんなに驚くのだろうか。
「私、A大生じゃなくなっちゃうんだよ、それでもいいの?」
と舞香。
「それでもいいの?」
この拍子抜けするような真理の返答にかえって不安がよぎる舞香が念を押すように言った。
「だって、自分で決めたんでしょう?」
と真理が答える。
またしても、驚くほどあっさりと。
「そうだけど」
舞香はそう言いながら、真理の顔をまじまじと覗き込んだ。
「でも、もう少し考えてみる」
と舞香は小さな声で言うと、自室に引き上げた。
部屋に戻るなり、
「やっぱり、ママ、どうしちゃったんだろう」
と舞香は先ほどまでのやり取りを思い出しながらつぶやいた。
おかしい、絶対におかしい。
このままエスカレーター式にA大学に行くのは母のたっての希望だ。
小学校に合格したとき、
「舞香ちゃんがA大生になる姿が今から待ち遠しいわ」
と自分を抱きしめながらしみじみと言った。
それからも何かにつけて、A大への進学、を楽しみにしていると口に出していた真理。
A大付属小学校、この制服を着た舞香を母は誇らしげに見つめていた。
それは舞香がバレエを舞台の真ん中で踊る姿を見ている時と同じ目だった。
「やっぱり、完全におかしい」
と舞香は確信していた。
「あれは、ママじゃない」
と。
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