お誕生日計画は進む
単身赴任の夫と久しぶりの再会?
「ママ、元気にしていますか。近いうちに一度帰れそうです」
そんなメールが真理の元に届いた。
夫、祥太からのメールだ。
海外赴任中の祥太、仕事が忙しくなかなか帰国も出来ずにいた。
それが、久しぶりに戻ってくる。
「もうすぐ、ママのお誕生日でしょう?和人も呼んで家族全員でお祝いしよう」
と続くメール。
1週間ほどの休みが取れたので、真理の誕生日に合わせて帰国するという祥太。
「ということは」
と真理。
1週間は「家」に夫がいるのだ。
一瞬嬉しい気持ちになる真理。
これは真理の本心だろう。
しかしすぐに現実に戻る。
不安がよぎる。
今まで家にいるのは舞香だけ、一度その心に入り込んだことのある舞香と暮らすのは、まだ気が楽なのだ。
それが、一気に家族が全員そろう。
自分は上手くやってけるのだろうか。
エリゼの心はすっかり不安で覆いつくされていた。
その日の夕食で、
「パパが帰ってくるんだって」
と舞香に伝えた。
「知ってるよ、メール来たもん」
と舞香。
「お兄ちゃんもそのころ戻ってくるって」
と舞香が続ける。
舞香はただ普通にそのことを話す。
父と兄が家に戻ってくる、特別な事ではない。
しかし、なんとかして舞香から「情報」を聞き出したい真理。
一応、家族の記憶もエリゼの脳裏にインプットされてはいるが、どうもピンとこない。
自分が知る、家族の形とはかなり違うからだ。
「まあ、まだ時間はあるから」
と焦る心に言い聞かせるエリゼ。
舞香にあれこれと尋ねて、疑問を持たれても困る。
そんなエリゼとは裏腹に、
「やっぱり、ママってなにかがおかしい」
と舞香。
以前なら、父の帰国が決まると嬉々として家中の掃除を始め、そして手によりをかけたご馳走を作るための買い出しに舞香も荷物持ちとして同行させられた。
今回は、父だけでなく、兄まで帰ってくるというのに、何とも反応があっさりしている。
「バレエに夢中すぎて、家族の事はどうでもよくなっちゃったのかな」
と舞香が思うが、
「でも、違うな。そんな感じじゃない」
そんなことを考えながら、自室のベッドに寝転がる舞香。
ふと、枕元に置いてあった手鏡で自分の顔を見た。
そこには、おでこに2つニキビのできた自分の顔が映っていた。
「パパ似ね」
と言われる目、これは中々気に入っている。
白い歯がこぼれる笑顔を作ってみる。
歯並びはいい方だ。
母が気を使い、小学生時代に歯科矯正をした。
それから、兄と似ていると言われている耳の形。
自分の顔が、父と母それから兄の寄せ合わせの様で笑えた。
遺伝子って不思議だ。
「才能ってなんだろう」
と舞香は思う。
自分には少しだけ、バレエの才能があったようだ。
それでも続けることが出来なかった。
今頃になって、少しずつ気持ちが揺らいでいるのが分かる。
ーあのまま続けていたらー
毎日、稽古に明け暮れてもしかしたら海外留学でもしているかもしれない。
母ならそんなレールを敷きそうだ。
でも、自分にはそのレールに乗って走る自信はない。
熱意もない。
でも、バレエは嫌いにはなれない。
カトレア・クラブのオープンクラス。
久しぶりのバレエのレッスンは、楽しかった。
もう一度踊りたい。
矛盾してると思いながら舞香は自分の気持ちに気付いたようだ。
その時、ふとカトレア・クラブの更衣室で鏡越しに見た母の顔を思い出した。
明らかに、母ではなかったあの顔。
思えば、ホラー現象だが、舞香のこころにくすぶり続ける「疑問」と「違和感」を募らせるだけだった。
その頃、真理の元にあかりからメールが届いていた。
「真理さん、お元気にしてますか?スタジオの改修予定より長引いて、お稽古再開が待ち遠しいですね。
それで、来月の幸子さんと真理さんのお誕生日会、お二人のご希望を最優先にしたいと思い、行きたいお店とかありますか?」
そんなメールだ。
そういえば「あすかバレエスタジオ」の改修に入る前の稽古で、誕生日が同じ来月の幸子と真理の
誕生日会をすることになったのだ。
あかりが幹事としてあれこれ手配してくれると言う。
稽古で顔を合わせた時にでも、詳細を決めるつもりが、
スタジオの改修工事が予定通り終わらず、稽古の再開が少し後になった。
幹事のあかりがわざわざメールをくれたのだ。
あわててスケジュールを確認する真理。
家族が揃う日と、誕生日会が重なってないだろうか。
幸子の誕生日に合わせて決めた日程は、祥太の滞在する1週間とは違っていた。
「よかった」
と真理。
「お店かあ」
安堵した真理は、スマホでお店情報を調べた。
なんとも美味しそうな店ばかり、お腹が空いてしまう。
そして、
「焼き鳥屋さんがいいかな」
とあかりにメールをした。
以前、パレ・ロワイヤルバレエ学校の生徒として、この国へ来た時食べた焼き鳥。
とても美味しかったのが忘れられないのだ。
「焼き鳥屋さんか、渋いですねえ」
とあかりの返信。
それから、
「そう言えば、真理さんもスタジオ・アーツインのレッスンに行くんですよね?」
とあかり。
真由子から聞いたのだと言う。
「ほんとに、レベル高いですよ、スタジオ・アーツインのレッスン。
私は一度でいいかなって。もっと上達したらまた行ける日が来るかも、です」
とあかりが続ける。
どうやら、スタジオ・アーツインのレッスンに行きたいと言ったのは真理の方で、真由子に一緒に行ってほしいと懇願したそうだ。
そう言うことになってるのね。
と真理。
「スタジオ・アーツインのレッスンにあの真理さんの同僚のイケメンが来てましたよ」
とあかりが追記してきた。
「大河くんが」
と真理。
だから、自分を誘ってもう一度スタジオ・アーツインのレッスンに行こうとしているのだろうか。
もう本当の経緯を話す気力もなくなった真理。
家族が久しぶりにそろうことや、お誕生日の企画、もう頭の中が満タン、何も考えられなくなっていた。
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