ジゼルへの想い、止まらない自信
ジゼル、素敵なバレエ作品
「ジゼル、すごく好きなの。」
と真由子が夢見るように言う。
バレエの名作でもあるジゼル。
ジゼルと言う村の娘が、訪れた青年と恋に落ちるがその青年は、婚約者もいる貴族の御曹司。
身分違いの叶わぬ恋に、ジゼルの心は耐えられず、息絶えてしまう。
若くして亡くなった娘たちが集う夜の森。
そこで、娘たちは精霊となり迷い込んできた者たちを「踊り」殺してしまう。
かつてのジゼルの恋人もその森に迷いこむが、ジゼルの恋の力で死を免れる。
華やかなお姫様も王子様もでてこないが、素朴で純真なジゼルが舞い踊る前半と、
暗闇の中、ウィリと呼ばれる精霊と化した娘たちの群舞、その中のジゼルの切ない恋心が観る人の胸を打つ。
色々なバレエ団が公演を行うが、その都度絶賛される名作だ。
もちろん、パレ・ロワイヤルバレエ団でも定期的に上演している、看板作品のひとつだ。
「何年前だったかな、パレ・ロワイヤルバレエ団のジゼルも観たわ。
ジゼルを、アリス・フェナンが演じて、相手役のアルブレヒトをシャル・ウィロー、もう最高のペアだったわ」
と真由子。
アリス?シャル?
そこで、真理の思考をエリゼが完全に乗っ取った。
二人とも、パレ・ロワイヤルバレエ学校で共に学んだ仲間だ。
アリス・フェナン、エリゼの2年後輩だ、そしてシャル・ウィローは同学年だったがエリゼより1年遅れてバレエ団の入団試験に合格した。
あの二人が主演だなんて。
「さすがはパレ・ロワイヤルバレエ団のプリンパルよね」
と真由子の言葉が飛び込んできた。
エリゼの知っている限り、アリスもシャルもまだまだ、プリンスパルには程遠いダンサーだった。
それが、自分の知らない間に、頂点に上り詰めているとは。
そこで、エリゼの思考が混濁し始めた。
頭の中にもやがかかったようになり、アリスたちの事を考えようとしてもそれが出来ない。
アリスやシャルがプリンシパルになったのは自分が事故に遭った後、いつ頃のことだろうか。
ジゼルを観たのがいつなのか、真由子に聞こうとしたが、それも出来なかった。
何かの力で制御されているようだ。
天国の門の審査官の仕業だろう。
これは、エリゼの知ってはいけない事柄のようだ。
「でさ、ジゼルがやいきなり回りだして」
と言う真由子の言葉がやっと耳に入って来た。
「いきなり、回る?」
と真理。
「2幕であのミルタに導かれてジゼルが出てくるとことよ」
と真由子が言う。
ミルタ、精霊ウィリたちの頂点、リーダーだ。
そのミルタが、精霊となったジゼルを「さあ、この闇の中で踊るのよ」と導くシーンだ。
そこではジゼルが精霊としてウィリの仲間に入る、物語のターニングポイントでもある。
それを、「いきなり回りだす」とは。
バレエの振りとしては、アラベスクのポーズを崩さずに、月光の中を滑るように回りながら進む。
ジゼルが、若くして永遠の眠りについた娘から、森に迷い込んだ男性を踊り殺すほどの精霊として蘇ったことを表現しているのだ。
ただ、くるくると回っているわけではない。
パレ・ロワイヤルバレエ団のダンサーとしてジゼルを演じているなら、そのあたりの心情は完全に理解しているはずだ。
そして、それを踊りきることが出来るだけのテクニックも表現力も備わっているはずだ。
「そんな、ただ回っているわけじゃなないでしょう」
と真理。
「そうかなあ」
と真由子はあのシーンに込められた深い意味など察している様子もない。
言葉を発せず、踊りで表現をするバレエ。
言葉の代りに、身体全体で物語を紡ぐ。
だからこそ、バレエのテクニックと同じくらい、手の動き、顔の動き細かな表現力が重要だ。
バレエ学校では、ステップを習得する時には、顔の位置、腕の位置までを同時に習う。
何度も何度も、身体に染み着くまで練習するのだ。
「役として演じるようになったら、腕の位置まで構ってはいられなくなる。だから今のうちに身体に叩き込んでおきなさい」
とバレエ教師に言われた。
「次の発表会、ジゼルにならないかな」
と真由子。
話題は次回の発表会になっていた。
「大人だって人数いるし、ウィリは揃うじゃない。小学生たちは村の娘の出番があるし」
と続ける真由子、
いつのまにやら、「あすかバレエスタジオ」の人員構成を把握している。
「ジゼルは誰が?」
と真理が聞く。
「それは、やっぱりあすか先生よね」
と真由子。
さすがに自分が踊るとは言わないか。
と内心思う真理。
真由子の強気発言なら、「私ならジゼルが踊れるし」なんて言いかねないとも思ったのだ。
「それか、高校生たちの誰かかしらね」
と真理。
かつての舞香のレッスン仲間たちだ。
舞香が辞めた後も、同年代の何人かがレッスンを続けている。
「舞香ちゃんも辞めてなければ候補だったのにね」
と真由子。
嫌味な言い方だ。
舞香の事を話す真由子にいちいちイラつく真理。
なぜか真由子は舞香のことを、上から目線で物を言う。
このイラつく気持ちは、真理の本心が感じているものだ。
エリゼ自身は何故、「イラついて」いるのかイマイチ理解をしていない。
「せっかくの自分の代りが、踊ってくれなくて残念ね」
と言われているようだ。
それが真理の本心に突き刺さっているのだ。
エリゼには到底理解できない心情ではあるのだが。
まあ、エリゼとしても真由子がとんでもなく大口をたたいている、これだけはきっちりと感じ取っていた。
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