カフェでのひと時
レッスン後のお茶タイム。どんな話をするのかな
カトレア・クラブのオープンクラスを終え、近くにあるカフェ・ラ・メゾンでティータイムをしている真理と真由子。
大理石の丸いテーブルには、ケーキとコーヒー、そしてオレンジジュースが並び、
それを囲む二人の女性が笑顔で談笑をしている。
まるで奥様雑誌にでも載っていそうな、優雅なひと時だ。
しかし、それは周囲から見えている姿。
実際には、真由子の強気な発言が続いていた。
一通り真理の事を聞いた後、真由子は「自分」について話し始める。
有名な企業で働いており、責任ある仕事を任されている。
若い頃は、旅行が趣味で色々な所へ行ったこと。
結婚していないのは、自分だけで生きていけるから。
そして、バレエを始めたきっかけは、
「私、身体の条件がいいじゃない、柔らかいし。バレエに向いてるよ、ってずっと言われていたのよね。
でもなかなか自分に合ったスタジオがなくて。
それで、会社の側に「バレエ・フローラ」っていうスタジオを見つけて通い始めたの」
だそうだ。
バレエ・フローラはこの前の合同発表会に参加したスタジオの一つだ。
いずみ先生のバレエクラスと同じく、大人の生徒ばかりのスタジオなのだそうだ。
「フローラのレッスンは、美容のためのバレエって感じでね、先生も大人から始めるんだから、って最初から上達しないって決めちゃってる感じで。
だからポアントも履かせてもらえないし、パ・ドゥ・ドゥなんて夢のまた夢。そもそも単独での発表会なんかもなかったし」
と続ける真由子。
そう言えば、合同発表会の時も、トゥシューズ(ポアント)で踊る真理たちを羨ましそうにしていた。
「合同発表会で、いずみさんにそのことを話したら、うちの教室では大人でもポアントはいて踊ってるし、機会があればパ・ド・ドゥなんかもやらせてみたいのよね、って話してて。
もう、移るしかないぅって思っちゃって。
ちょうど、勤務先の社屋が移転しちゃってフローラからは遠くなったし、絶好のタイミングであと腐れなく移籍出来たわ」
と真由子。
吟味してスタジオを選んだはずなんじゃ、と真理は思ったがあえてそれには触れずにいた。
その真由子が夢見るトゥシューズ(ポアント)レッスンなのだが、いずみ先生のバレエクラスでは合同発表会の後、まだやっていない。
スタジオの改修が終わってからと言うことになっている。
それを心待ちにしているらしい真由子。
「もうポアント、買っちゃったんだ。
10足以上フィッティングして、これかなって言うのを選んだわ」
と嬉しそうに語る。
「そうなんだ、どれにしたの?」
と真理が聞いた。
トゥシューズには種類がたくさんあり、足の条件により自分に合う者を見つけるのが大変なのだ。
「私、甲が出てるし、指もスクエア型だからお店の人に驚かれちゃって。
ここまでの足で、なんで今までポアント履いてないの?って」
と真由子が続ける。
レッスンで見た真由子の足先。
確かに甲が高く、綺麗なアーチの出る足だ。
しかし、バレエには詳しいだろうバレエショップの店員が驚くほど、ではない。
「舞香ちゃんも良い足してるわよね」
と真由子。
自分の足先に自信を持つ真由子、なんだか上から目線だ。
「もっと踊れそうだったのに辞めちゃって、残念ね」
と。
どこまでも上からな真由子に。
「そうね、いつも褒められてたわ。」
と真理。
エリゼの眼から見ても、舞香の足はバレエ向きだ。
しかし、母娘でありながら、真理の足ときたら。
とエリゼは常日頃から感じていた。
「真理ちゃんには似てないよね。足もだけど背だって舞香ちゃんはすらりと長身だし」
と真理の心中を見抜いたかのように、真由子が言った。
「そうね、あの子はパパに似たのかしらね」
と真理が言った。
「そっか、パパさんには似てるのね。突然変異だったりしたら、バレエ学校の試験に落ちちゃうわよ」
と真由子が言った。
バレエ学校の試験。
パレ・ロワイヤルバレエ学校の入学試験では、親の体型を調べられる。
足の条件、背の高さなど、成長したらどうなるか、その答えが親だからだ。
加えて親が肥満体質の場合はかなりのマイナスだ。太っている場合、その肥満傾向な体質を引受け継いでいるかもしれない。
なにしろ、同じ食生活をしている以上、太ってしまう可能性が大きいのだ。
バレエに肥満は大敵だ。
バレエ学校の生徒たちも、成長期になると人一倍体型維持に気を遣う。
特に女子。
もちろん、普通の学生よりも身体を動かすこともあり、極端な食事制限は好ましくない。
きちんとした栄養を摂る事、ハードな毎日を過ごすためには不可欠だ。
そんなことも授業で習う。
どれくらい食べれば、身体を維持でき、何を食べれば太り、痩せるのか。
上質な筋肉を作るための栄養素は何かまで。
エリゼも14歳くらいから、急に背が伸びて女性らしい体型になって行った。
その頃は、腰回りに肉が付くのではと、本気で悩んでいた。
そんな時、学校の先生から、
「貴方は太る家系ではないから大丈夫よ」
と言われ、安心したのだ。
もちろん、「太る家系」ではなかったとしても肥満から逃げられられない生徒もいる。
年頃になると、バレエの上達具合とは別の理由で、退学を強いられる生徒が毎年何人かはいるのだ。
「ねえ、真理ちゃん」
と真由子に声をかけられて、我に返る真理。
ついかつての学校生活を思い出していたのだ。
「で、真理ちゃんは次はなにがいい?」
と急に真由子が言う。
どうやら次回の発表会での演目の話題になっていたようだ。
それも聞こえないほど上の空だったエリゼ。
「そうね、じゃあ、真由子さんは?」
とごまかすように言う真理。
「やっぱり幕物がいいわよね。私たちの出番も多そうだし」
と真由子。
真由子自身は、「くるみ割り人形」そして「ジゼル」が好きなのだと言う。
「パ・ド・ドゥを踊るなら、くるみだと金平糖くらいだから、ジゼルかな、ペザントもあるし」
と真由子が嬉々として言う。
「ジゼル」
エリゼも大好きなバレエ作品だ。
バレエ学校の生徒だったころから、その舞台には何度も出演した。
最初は村の女の子の役。
そして、バレエ団に入団してすぐ、ペザントというグラン・パ・ド・ドゥにも配役された。
異例の抜擢だった。
「ペザント、踊りたいの?」
と聞くと、
「手ごろなパ・ド・ドゥだもん。私ならあの辺りから始めたいかな」
と真由子。
また、この人は何を言っているのだろうか。
ジゼルのペザント、それは主役の代役に慣れる立ち位置の踊り手が配役されるのだ。
それが、手ごろだなんて。
見るのと踊るのとでは雲泥の差があるのを真由子は知らないんだ。
エリゼはそう思った。
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