思い出のカフェ
素敵なカフェでお茶なんだけどね
「こっちかしら」
と真由子が地図アプリを見ながら言った。
着替えを済ませてスタジオを出た3人。
カトレア・クラブのレッスンの後は、真由子の行きたいというカフェに向かった。
「え、カフェ・ラ・メゾンに行くの?」
と舞香が聞いた。
そういえば、舞香にカフェの話をしていなかった。
早めに待ち合わせはしたものの、レオタード選びに夢中になっていたのだ。
「急だけど、舞香ちゃんもどう?」
と真由子が声をかけるが、
「残念だけど、私はこの後バイトなの。カフェ・ラ・メゾンでお茶なんて、おしゃれー」
と舞香は少しばかりがっかりしながらも、カフェに行かなくてもいい口実があってよかったと思っていた。
この少々気の強そうな女性と親密に話をするのはどうも気が進まない。
「じゃあ、真由子さん二人で行きましょう」
と真理。
そんな真理も内心、カフェ代が2倍にならずほっとしたのだが。
目的のカフェに行く途中に駅がある。
そこまでは舞香も一緒だ。
「舞香ちゃんは、またバレエやらないの?」
と真由子が聞いた。
「どうかな、たまになら、でもまた稽古ばかりの日々に戻るのはもう嫌かな」
と舞香が言う。
隣りでは真理が苦笑するしかなかった。
「じゃあ、今度スタジオ・アーツインのレッスンにも一緒に行こうよ」
と真由子。
「ああ、アーツイン。私なんか敷居が高いですよ。それに知ってる人に会いそうだし」
と舞香がやんわりと拒否をする。
そんな話をしている間に駅に着いた。
真由子と真理に手を振って、舞香は改札口へと消えて行った。
そこから、数分歩いたところに、カフェ・ラ・メゾンがあった。
テラス席のあるおしゃれな店構え。
人気がありいつも混んでいるが、流石は平日、並ぶことなく席に案内された。
金の縁取りのある白い壁、赤いカーペット張りの床、大理石のテーブルとふかふかの椅子。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、何とも言えない懐かしさを覚えるエリゼ。
窓際の眺めのいい席に着いた真由子と真理。
さっそくメニューを選ぶ。
どれもこれも「いいお値段」だ。
激しい運動ではなかったが、身体を動かした後だ。
心地よく空腹を感じていた真理。
ケーキセットを注文することに。
「じゃあ、私は」
と真由子が選んだのは、搾りたてのオレンジジュースだった。
「動いた後に、ドーンと食べると胃もたれがしちゃうの」
と真由子。
どうやら、ケーキは「ドーンと」に含まれるらしい。
しばらくしてテーブルに、ケーキとコーヒー、そしてオレンジジュースが運ばれてきた。
二人で改めて「お疲れ様」と労いのことばをかけた。
「ここのカフェ、ルノーブルにもあって、前旅行で行った時には毎日のように通ったわ」
と真由子。
ルノーブル。
そこはエリゼの故郷だ。
エリゼも幼い頃から、このカフェ・ラ・メゾンにはよく家族で行った。
いまここにいる、カフェ・ラ・メゾンもルノーブルの本店そっくりに造られている。
店内の調度品も、イスやテーブルも本店と同じものを使っているのだそうだ。
先程からずっと胸がぎゅっとなるほどの懐かしさを感じているエリゼ、それを悟られないようにするので精一杯だ。
真由子はそれからしばらく、ルノーブルの話を続ける。
街並みの美しい、小都市ルノーブル。
真由子の話を聞くうちに、ますます故郷が恋しくなるエリゼ。
思わず、涙ぐみそうになるがグッと抑えた。
幸い、ルノーブルの話題に夢中な真由子は、真理の心のうちまで探ることなどはなかった。
真由子はルノーブルを含め、エリゼの母国を何度も訪れていると言う。
観光も、買い物も堪能できるエリゼの母国。
この国の特に女性たちに人気の旅行先だ。
「それに、パレ・ロワイヤルバレエ団があるじゃない」
と真由子。
「いつか、パレ・ロワイヤルバレエ団のオープンクラスに行ってみたいわ」
と真由子が言う。
パレ・ロワイヤルバレエ団のオープンクラス。
それは、バレエ団の本拠地である、パレスハウスのスタジオで受けることの出来るレッスンだ。
オープンクラスのため、名目上は誰でもが参加できるレッスンだ。
しかし、受講者のほとんどはパレ・ロワイヤルバレエ団のダンサーたち。
同じスタジオにいるだけでも、足がすくんでしまうようなメンバーだ。
それに難易度もそれなりに、プロのダンサーを想定したレッスンとなる。
それゆえ、あえてこのオープンクラスに参加しようとするのは、それなりにハイレベルなダンサーがほとんどだ。
「スタジオ・アーツインの100倍くらい、レベル高いよね」
と真理。
「そうよね、でもね、私、結構いろんなところのオープンクラスに行ってるんだけど、
どこででもついて行けてるの。だから大丈夫じゃないかな、すみっこでこっそりとしてるくらい」
と真由子が言う。
ずいぶんな自信だ。
とエリゼはあきれながらも感心していた。
それから、真由子は真理の今までのバレエ経験を聞きたがった。
いずみ先生のクラスに通うきっかけ、
それより前のこと。
「私は、昔は落ちこぼれだったから、あまりいい思い出はなくて」
と真理。
脳裏にインプットされている、真理が子供の頃に習っていてバレエの想いでを語る。
いつも、立ち位置は一番隅、一番後ろ。
上手に踊る子の背中ばかりを見ていた。
「だから、舞台でもお客さんの前で踊るっていうよりも、前の列で踊る子のその先に客席があるって感じかな」
と真理が言う。
「そっか」
と真由子。
少しばかり哀愁を帯びた真理の語り口に、真由子の返答もトーンが下がっていた。
しかし、
「でもさ、それって今でもそうだよね。真理ちゃん」
と真由子が言った。
今でも、そう。
その言葉が真理の心に刺さった。
そうエリゼは感じた。
今、この身体は完全にエリゼが乗っ取っている。
それでも、真理の心がずきんと音を立てた。
「私もさ、この前の合同発表会ではその他大勢だったじゃない」
と真由子。
「だから今度はね、って思ってるの。私、そんなんで収まってる器じゃないし。そのためにスタジオも移籍したんだよね」
と続ける真由子。
堂々とそう語る真由子は、自信に満ちあふれている。
そして、挑戦的な視線を真理に向けていた。
エリゼはその横顔を見ながら、
「その自信、受けて立ってやろうじゃないの」
と心で思った。
しかしそれはエリゼの想いだ。
真理の本心ではない。
それでも、エリゼは真由子の視線を、そのまま見過ごすわけにはいかない、そう心に誓っていた。
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