趣味の「バレエ」
バレエに対する想いの違い
「あくまでも、趣味、楽しむために踊るバレエだから」
と舞香が念を押す。
「わかってるわ」
とあっさりと返す真理。
その返答も意外だったのか舞香がチラリと真理を見た。
「最近のママって」
そう言いかけたがそれ以上は何も言葉にはしなかった。
「趣味としてのバレエ」
そう聞いて、エリゼの脳裏には姉のことが浮かんだ。
姉エレナがそう言っていたっけ。
エリゼがパレ・ロワイヤルバレエ学校に入学し、順調にプロのバレリーナへの道を昇り始めた頃から、
姉はそう言うようになっていた。
プロを目指すのではなく、自分で楽しむために踊る、と。
かつて、自分の憧れだった姉、エレナ。
エリゼがバレエを始めるきっかけだった姉。
当時暮らしていた街のバレエ教室で、他のどの生徒よりも輝いていた将来有望な姉の姿がまぶしかった。
その姉が、自分がパレ・ロワイヤルバレエ学校に入ったために、バレエは趣味だと言うようになった。
エレナはそう思っていた。
それに反して自分はと言うと。
パレ・ロワイヤルバレエ学校に入学する、それはプロのバレリーナになること以外選択肢はないということだ。
そのために、最高の教育環境が整えられている。
最高の講師陣、最高の施設。
しかも授業料は無料、バレエに必要なレオタードやシューズも支給された。
この学校の生徒である限り、最高のバレエ教育を受けて世界最高峰のバレエ団の一員になる、
そう進む道が決められていた。
もちろん、けがや病気でバレエを断念せざるを得ない場合に備えて、学業を疎かにすることは許されなかった。
しかも、毎年の進級試験に全員が合格するわけではない。
成長と共に、「バレエに適さない」身体となった場合や、バレエの進歩が規定に達しなかった場合、
落第となり、退学が余儀なくされる。
「世界最高峰のバレリーナになれない」ならはやく他の道を見つけた方が良い、
という学校側の配慮からだ。
そのうえ、徹底的に最高峰の教育を受けてパレ・ロワイヤルバレエ学校を無事卒業できたとしても、
パレ・ロワイヤルバレエ団に入れるとは限らない。
毎年、入団できるのはわずかに数人。
入団を果たせなかった卒業生は他のバレエ団に挑戦するか、もしくはもう一年学校に留まりもう一度チャレンジをするかだ。
どの道を進んでも険しいいばらの道だ。
他の選択肢など許されないのに、歩むべき道はとてつもな険しい。
矛盾だらけじゃないか。
そんなことを悶々と悩んだ時期もあるが、「世界最高峰」のパレ・ロワイヤルバレエ団で踊る、と言う目標がぶれることはなかった。
エリゼには「趣味のバレエ」として踊るという経験がない。
頭では、誰もがプロのバレリーナを目指せるわけではない、楽しむためのバレエと言うのもありなんだ、とはわかっている。
それでも、どうしても本気のバレエじゃないと許せない。
そんな本心が見え隠れしてしまう。
真理の夢を叶えるため、真理の身体に憑依する、そう決めた時、
「そのあたり、うまくやってね」
と天国の門の審査官に言われた。
真理には真理のバレエとの向き合い方がある。
それはいずみ先生のバレエクラスの生徒たちにも言えることだ。
それはわかっている。
パレ・ロワイヤルバレエ学校に入学した時まだ8歳だったエリゼ、バレエが大好きでバレリーナになりたい、そうはっきりと思っていた。
それでも、成長するにつれてバレエ以外の道を選んでいたらどうなっていたのだろう、そんなことをよく考えたのだが、バレリーナへの道を歩むと言う自分の姿以外、何も思いつかなかった。
なんであんなに必死に食らいついていたのだろう。
エリゼは昔の自分に問いかける。
いつの日だったか、バレエとは無関係の親戚に聞かれた。
「バレエ学校の生活はどう?」
と。
「頑張るって言う気持ちを10個くらいまとめて、そのまとめたのを100個分くらいがんばるの」
と答えた。
入学二年目のことだった。
それくらい張り詰めた日々を送っていたのだ。
真理のバレエへの取り組み、エリゼからしたらまるっきりお気楽なお楽しみバレエだ。
それをどう感じるのか、エリゼとしてはぜひ知りたいところだ。
「この前のレッスンじゃあ、そんなこと気にしてる余裕なかったし」
とエリゼは思った。
「ねえ、ママ、聞いてる?」
と舞香の声で、はっとする真理。
ついかつての自分の事に思いを巡らせていた。
「じゃあ、オープンクラスの申し込み、私の分もよろしくね」
と舞香が言う。
「はい、わかったわ、それから真由子さんにメールしたわ。カトレア・クラブのレッスンに娘が一緒に行きますって」
と真理。
「ねえ、ママ?」
と舞香。
「最近、なんか少し変じゃない?」
そう言うと、舞香は真理の返事を待つことなく自室に引き上げて行った。
「やばい」
と真理。
一度は舞香の心に入り込んだことのあるエリゼ。
エリゼの存在を、舞香は知っている。
天国の門の審査官の説明だと、「信頼できる相手」ならこの状況を知られても支障はない、と言う。
舞香は自分の心にいる、エリゼと言う存在を割と平然として受け入れていた。
それなら、真理の心と体を乗っ取っている今のエリゼのことも、理解してくれるのではないだろうか。
もちろん自分から話するつもりはないが、
「まあ、バレちゃったら白状するか」
と真理。
その時、真理のスマホにメッセージの着信音が鳴った。
すぐに本文を開く真理。
真由子からの返信メッセージだ。
「もちろんです。お嬢さんとご一緒できるなんてこちらも嬉しいです」
という真由子の返信だ。
何かと強気な真由子にしては、意外なほど好意的な返信に真理は少しばかり拍子抜けをしていた。
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