思いがけない「誘い」
真理はオープンクラスを思案中
スマホの画面に表示された1件のメッセージ、スタジオ・アーツインのレッスンへの誘いだった。
「スタジオ・アーツインのレッスン、今度は一緒にどうですか?」
と。
本文を見ていないので、誰からのものなのかももわからないが、
この前、スタジオ・アーツインのレッスンを受けてきたあの三人の誰かなのは確かだ。
その誰であろうと、あの時、私が参加をお断りされたことを知っているはずなのに、
何で、今更、またお誘いがあるのだろう。
とエリゼは思った。
―この国の流儀なのかしらー
しかしここでメッセージの本文を開いてしまうと、送信元の相手に真理がこのメッセージを読んだことが伝わる。
少し考えるエリゼ。
スタジオ・アーツインのレッスン、確かに質の高いハイレベルなレッスンだ。
しかし、今の真理には基本的な稽古の方が重要に思う。
エリゼは、真理は基礎をよく習得していないうちに、次のステップの進んでいる、と感じていた。
脚のポディション、腕の動かし方、頭の位置、そういう基本が出来ていない。
まったく稽古をしていないわけではないが、エリゼの納得するものではない。
もちろん、真理の身体の条件によるところは大きいだろう。
それでも、分かっているけどできない、のと 身体に染み着いてはいない、とでは大違いだ。
カトレア・クラブのオープンクラスには、基本からしっかり習えるクラスがあるようだ。
それを受けてみるのも有益なはず。
キッチンで立ったままスマホを眺めながら悶々としている真理。
その姿を見かけた舞香が、
「ねえ、ママ、どうしたの?なんか思案してますって顔して」
と声をかけてきた。
真理は舞香に事のいきさつを話した。
スタジオ・アーツインとカトレア・クラブ、どちらのオープンクラスを受けるか迷っていると。
「じゃ、両方行けばいいじゃん」
と舞香があっさりと言った。
「同じ日じゃないんでしょ?だったら両方受けてみればいいんじゃないの?」
と。
「そっか」
と思わずうなずく真理
そうだ、何もどちらか一つと決めることはない。
両方とも、それぞれに良さがある、それなりに実のあるレッスンを受けられるはずだ。
そこで、やっとスマホのメッセージ本文を開いた。
送信主は真由子だ。
「この前、スタジオ・アーツインのレッスンを受けましたが、とても有意義でした、難易度も付いていけるレベルだったし、また行きたいと思っていて。晴美さんたちはもう行かないとのことなので、真理さん、ご一緒にどうでしょうか。私と二人となりますが、それでもよろしければご一緒したいです」
と続く本文。
何故自分にわざわざ声をかけてきたのだろうか。
そんな疑問が湧いてくる。
しかも真由子と二人でだと。
前回は三人までなら、ということだったのに。
ならばもう一人参加できるのでは、と思ったのだが、そこは真由子の思いでもあるのだろうか。
幸い、アーツインのレッスン日と、カトレア・クラブで参加を検討しているクラスは別の日だった。
程よく間隔があいているではないか。
これは、舞香の言葉通り、両方参加しよう。
「喜んでご一緒させていただきたいです」
と返信する真理
そして、カトレア・クラブにもいく予定であることも追記した。
すると、すぐに真由子から再び返信が来た。
「カトレア・クラブに行くのですね。私も考えていたんです。いいのかな、って。
でも少しレベルが低そうなので、迷っていたのですが、真理さんが行かれるなら、私もご一緒させていただけないでしょうか」
と、真由子。
「レベルが低い」
堂々と何を言っているんだろうか。
エリゼの見たところ、いずみ先生のレッスンでの真由子、あくまでも、バレエを始めたばかりの初心者だ。
「私は、基礎クラスに参加しようと思っています。それでもよろしければ、ご一緒しましょう」
と真理は返信をした。
カトレア・クラブのオープンクラスも上級者向けから初心者まで細かくレベル分けされている。
入門クラス、基礎クラス、というのは「初心者さんにおすすめ」と表記されている。
このクラスの事を、レベルが低いと言っていたのだろうか。
「基礎クラスを受けるんですか?」
案の定、こんな返信が来た。
「真理さんなら初級クラス以上でも大丈夫じゃない?」
と真由子。
「でもね、基礎をきちんと確認しながらレッスンがしたくて。だからあのクラスがちょうどいいかなって」
と真理も返信をする。
「そういうことなのね。私もそうするわ、基本固めということで」
と真由子の返信。
なんだか、まけじと自分も余裕なんだと言わんばかりの文面だ。
まあ、そんなやり取りを経て、カトレア・クラブの基礎クラス、その数日ごにスタジオ・アーツインのるみ先生のクラスを受講、そ決めた真由子と真理。
「じゃあ、るみさんには私の方から言っておくので」
とそう結んでこのメッセージのやり取りは終わった。
「るみさん?」
と真理はふと考えた。
そうだ、いずみ先生の友達だと言う、スタジオ・アーツインの講師だ。
なんだか親し気な呼びかけをしている真由子に、
「先生のお気に入りにでも志願したのかしら」
とエリゼは思う。
そんな真理と真由子のやり取りを傍らで見ていた舞香。
やっと口をはさんだ。
「大人同士でも、なんかめんどくさいのね」
と。
「わかった?」
と真理。
「そりゃあ、わかるよ。すごい探り合い。オープンクラスくらい自由に受ければいいのに」
と舞香が言う。
舞香自身も、バレエを習っていたころはあすか先生の稽古が休みの時や、補習をしたいときにはオープンクラスを受けていた。
そんな時、レッスン仲間は何気なく聞いてくることが多かったという。
「抜け駆け、って言われたこともあるしね」
その言葉を聞いて、思わず舞香を見つめる真理。
なぜかこういう陰険な部分は世界共通のようだ。
「え、ママ?、ママだって知ってたじゃない。初めて聞きました、みたいな顔しないで」
と舞香に言われて、ハッとする真理。
つい、エリゼの本心が表に出てしまっていたのだ。
「あのぉ、オープンクラス、私も受けてみようかな」
と突然、舞香が言った。
バレエを辞めて、2年ほどが経った。
舞香はこの時、初めて自分から「また踊りたい」と申し出たのだ。
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