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48歳からの大人バレエ ~うちのママに天才バレリーナが憑依しちゃいました~  作者: 明けの明星


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スタジオ・アーツインの「基礎クラス」

レッスンはどうだったかな

「あの人、」

とあかりが言うその視線の先には、Tシャツにスウェット、それに頭にはバンダナをまいた青年がいた。

ここ、スタジオ・アーツインには男性の受講者も多い。

そして、そのほとんどがプロ志向と思われる。


その青年も、姿はまるでプロのダンサーだ。

慣れた様子で、ストレッチをしている。

そして、その青年は真理の同僚である大西大河だ。


しかし、あかりは大河の事を合同発表会の終演後、ごった返す楽屋前でチラリとみかけただけだ。

はっきりと断言できずにいた。


「確か、真理さんのお勤め先の方よね。合同発表会を観に来ていた」

と同じく大河と思われる青年を見ながら言うのは晴美。


「あの人、少し前まで若手ホープとか言われてなかったっけ」

と真由子。

合同発表会の会場で、真由子が大河を見かけたとは思えないのだが、どうやら真由子は大河の情報を知っているらしい。


そんな大河は、三人の女性受講者から思い切り注目されていることにも気付いてはおらず、

もくもくと身体をほぐしていた。


スタジオ・アーツインの基礎クラスが始まった。

いつもの「あすかバレエスタジオ」の稽古場の三倍はある広いスタジオに、受講生もいつものクラスの数倍の人数だ。


鏡越しに、そっとスタジオ全体を見回す晴美、あかりは周囲に視線を送った。

まるで、どこかのバレエ団の稽古風景なのでは、とみまがうほどの壮観な光景だった。


バーレッスンが始まった。

そして、それからのことは、晴美とあかりは全く記憶がないという。

それほど必死で、夢中だった。


いずみ先生のレッスンと比べて、各段に難しいわけではない。

どれも習ったことのあるステップだった。


それなのに、周囲の威圧的に近い存在感に、完全にのまれてしまった。

「稽古」とはいえ、踊り始める前のポーズ、そもそも立ち位置に入るときの歩き方、

踊り終わった後の去り方、そのすべてが違う。

みな、プロの風格なのだ。


稽古の最後はお決まりの「レヴァランス」だ。

その姿が、みんな美しい。


鏡越しに、明らかに不格好な自分たちを茫然と見つめた、晴美とあかり。

その横で、真由子は堂々としていた。


稽古が終わり、その場でおさらいをするのもはばかられるように、さっさと更衣室に戻った晴美とあかり。

少し遅れて真由子が戻ってきた。


「お疲れ様、なんで先に行っちゃうのよ」

と言いながらもその顔は、なんだか充実感に満ちている。


「もう場違いすぎて、居たたまれなかったのよ」

と晴美。


「そうそう」

とあかりもうなずいた。


「そうかな、楽しかったじゃない」

と真由子は首を傾げて言った。


晴美もあかりも、レッスン中は自分の事で精一杯で、真由子のことなどまるで見てはいなかった。

真由子が、このレッスンに普通になじんでいたのかも不明だ。

しかし、この満足げな表情は明らかに自分たちとは違う感想なのだ、と二人は思った。


「あの子、上手なのね」

と真由子が続けた。


あの子。大西大河のことのようだ。

大河は真由子はもちろん、晴美やあかりに気付くこともなく、かなり離れたところでレッスンをしていた。

大勢の人影に遮られながら、わざわざ大河の事を探して見つめていた真由子。


「ほかの人、見てる余裕なんて1ミリもなかったから、全然わからないよ」

と晴美もあかりも即答した。


「周囲をよく見るのってすごく勉強になるわよ。こんな上級者ばかりに囲まれるレッスンなんて、早々受けられないんだし、チャンスは最大限に活用しなきゃ」

と真由子。


「またの機会があれば、ちゃんと周りを見るといいわよ」

そういう真由子の言葉が、少々恩着せがましく聞こえる晴美たち。

ここ、スタジオ・アーツインでレッスンを受ける、真由子がいなければ実現しなかった、それは確かだ。


「でも、私たちはもう十分かな」

と晴美。


「私たち、ってあかりちゃんも?」

と真由子は突っ込むが、あかりは黙ってうなずいた。


「そっか、じゃあ、今度は誰と一緒に来ようかな。るみ先生、また来てねって言ってくれたし」

と真由子。

晴美もあかりも、講師であるるみに挨拶もそこそこに、更衣室に引き上げていた事に気付いた。


「お礼を言ってから帰らないとね」

とお互いに目配せをする二人。


バレエの世界は礼儀に厳しい。

今回は、いずみ先生が講師であるるみに事前に根回しをしてくれていた。

レッスン中も、この三人が「途方にくれない」ように配慮してくれていた。

そんなるみの気配りのお陰で、三人は無事にこのレッスンを終えることが出来たのだ。


着替えを終えて、更衣室を出る三人。

ちょうど、廊下にはるみがいるではないか。


「るみ先生」

と真っ先に駆け寄ったのは真由子だった。


「今日は、お世話になりました」

と挨拶をする真由子。

そこにようやく追いついたはるみとあかりも加わる。


「すごく楽しかったです」

とあかり。


「とてもいい勉強になりました」

と晴美。


そんな晴美とあかりに、

「いずみちゃん、大人のクラス始めたって聞いて、どんな生徒さんかと思ってたのよ。

皆さんとてもセンスがいいわ。ぜひ、また受講しに来てくださいね。」

とるみが優しく微笑んだ。


最後に、今日の礼を言い、スタジオ・アーツインを出る真由子たち。

身体は疲れているが、心地の良い疲労感だ。


「明日は筋肉痛かな」

とあかり。


「私は明後日かもね」

と晴美が言う。


二人とも、何処か満ち足りた表情だ。

スタジオ・アーツインでのレッスンはそれなりに、二人のいい刺激であり、経験になったようだ。


そんな二人を真由子が、チラチラと見つめていた。

満面の笑みをたたえながら、

「また来てね、って言われちゃったわね、じゃあ、行かなないと」

と真由子が言う。


しかし、心の奥底では、

「なんであの人たちまで誘われてるんだろう」

と黒い心で思う真由子。

笑顔の裏で、その眼が冷たく光っていた。

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