通常のレッスン、終盤
気持ちだけはプロ級
バレエのレッスン。
エリゼは8歳になる前からずっと毎日毎日欠かすことなく続けてきた基礎レッスン。
プロのバレリーナにとっては当たり前の事だ。
小さな頃から、地道な努力をずっと積み重ねてやっと花開く世界。
天才と言われたエリゼも例外ではない。
気の遠くなるような反復練習も、何よりバレエが好きだったことにも助けらながら続けてこられた。
いずみ先生に声をかけられ、はっと我に返る真理。
練習不足、それは自覚している。
今ここで、出来る限るのことをしよう。
真理は幸子とのペアだった。
いつも通りだ。
踊り出す直前、その一歩目を踏み出すために音楽に合わせて呼吸とポーズをとった。
プレパレーションというやつだ。
両手を頭上で丸く作り、上半身を半回転させながら片足と片手を前に出すと、踊りだしのポーズになる。
他の生徒たちは、みなただ脚と腕を前に出すだけのプレパレーションだ。
それから、ステップを踏んで、助走をつけて大きなジャンプ。
もちろん、高く飛べるわけでもなく、脚だって曲がっている。
空中での姿勢が「美しい」とは程遠い。
真理の身体能力のせいなのか、エリゼの稽古不足なのかはわからないが。
それから、向きを変えてワルツの三拍子に合わせたステップ。
これはどうにか音に外れずにできた。
それから、回転をしながらスタジオ中央に進み、最後のポーズ。
回転は、一回転ですら回りきれなかったが、着地のポーズでごまかした。
ポーズをとり、数秒止まるとすぐにスタジオの隅に移動する。
次に踊る人たちの邪魔にならない様にするためだ。
その移動、もう「踊り」ではないのだが、真理はつま先立ちをしたまま、
少し片手を前に出しながら小走りに走り抜けた。
「真理ちゃん、バレエ歩き、すてきじゃない」
と晴美に言われた。
エリゼからしたらスタジオも舞台と同じ、舞台にいる限りバレリーナはバレリーナらしく振舞うのは当たり前だ。
「ちょっとやりすぎたかな」
とエリゼ。
ここは自分の知っている稽古場ではない事を、改めて痛感していた。
グランワルツが終わり、稽古は最後のレヴァランスで終わりとなる。
音楽に合わせて、優雅にお辞儀をする。
ここで、いずみ先生はすこしだけレヴァランスに着色をした。
ただのお辞儀ではなく、片足を前に出し、円を描くように後ろに回すのと同時に手は外側から頭上の丸い形を作る。
そして、腰をかがめお辞儀をしながら、両手を花が開くように前に差し出す。
これもエリゼからしたら、いつものレヴァランスだ。
稽古の終わりに、教えてくれた先生と伴奏をしてくれたピアニストに、感謝を込めてレヴァランスをする。
そういえば、このスタジオにはレッスンピアニストはいないようだ。
いずみ先生がデッキから音楽を流していた。
ピアノ演奏がないレッスン、エリゼにはほぼ経験がないことだった。
「私にも知らないことがあるってことね」
とエリゼ。
自分の生きている時代とは少し違う、遠い国で新しい発見をする。
エリゼにとってそれはある意味新鮮な出来事だった。
レッスンが終わると、スタジオ内で少しばかり談笑をする生徒たち。
そこにいずみ先生も加わることもある。
「真由子ちゃん、どうだった?」
と声をかけるいずみ先生。
この日がこのスタジオでの初レッスンとなる真由子。
まあ、戸惑っている様子はなかったが、気にかけていたのだろう。
「すごく楽しかったです。バレエ・フローラのレッスンよりもいろんな「パ」が出来て。
フローラのレッスンだと、私のレベルじゃ少し物足りなくて」
と真由子。
バレエで言う「パ」
ひとつひとつの動きやステップのことだ。
バレエに長く親しんでいる場合、自然と出てくる言葉だが、この専門用語をごく自然に口にする真由子。
まるで「ただ者ではない」ことをさり気なくアピールでもしているようだ。
それに、「私のレベルじゃ」って。
その言葉には真由子の自信が伺える。
周囲は皆、真由子の事を、ほんの少しだけ怪訝な目で見つめていた。
「それにしても、今日の真理ちゃん」
といずみ先生が話題を変えるかのように、真理に語り掛けた。
「すごく動きがきれいだったわよ。なんだか優雅で。
やっぱり、なにか動画とか見たんでしょう?」
といずみ先生。
「そうそう、私も思いました。今日の真理さん、つま先がきれいに伸びていて、それに首筋だってすごくきれいで、姿勢が違うなって思ってたんです」
と口を挟んだのはしのぶだ。
「いつもはどんなんなのよ」
と心で思うエリゼ。
図らずも、話題の中心はその日の真理の優雅な動きになっていた。
何かその理由を言わないと、収まりそうにない。
「バレエのDVDを見て来たんです。白鳥の全幕」
と咄嗟に言う真理。
「そんだったんだ、何処のを観たの?」
と晴美が聞いた。
「どこのって、どうしよう」
と実際にはDVDなど見ていない、内心焦りながら、
「パレ・ロワイヤルバレエ団の」
と咄嗟に答えた真理。
「やっぱり、パレ・ロワイヤルバレエ団、優雅さでは抜きん出ているものね。さすがはエレガンス集団だわ」
と真由子が言う。
また、随分とよく知っているような言い草だ。
「私は、実際の公演も観に行ったことがあるし。随分と前だけどね」
と続ける真由子。
「私も、パレ・ロワイヤルバレエ団の公演、行ったわ。同じ公演かしら。
あの時は眠りと白鳥、両方やったわよね」
と幸子が言った。
前に話していて、パレ・ロワイヤルバレエ団の公演のことだ。
「そうそう、あの時、確か主演が急遽交代した公演」
と真由子が言う。
その言葉に、ハッとするエリゼ。
あれは、自分が出るはずだった舞台だ。
あの時、わたしは事故に遭ったんだ。
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