通常のレッスン、グランワルツ
エリゼのお稽古、あと少し
レッスンは進み、もう終盤だ。
最後に、その日のレッスンの集大成でもある「グランワルツ」と呼ばれている、
幾つかのステップを組み合わせた、「踊り」の稽古をする。
三拍子の音楽にのり、スタジオ全体を使っうグランワルツは、まるで踊りの一コマの様で、
一番「バレエ」らしい。
まずは、舞台で言うなら上手の後ろ側からポーズをして、ステップを踏みながら斜め前に進む。
そして方向を変えて、今度は逆向きに斜めに。
回転やジャンプも入っており、ここの生徒たちにはなかなかの難易度だ。
いずみ先生のお手本を見ながら、みんな順番を覚えるのに必死だった。
真理も身体を動かしながら振りを確認していた。
どれも、何度も何度も踊ってきたステップばかりだ。
順番も、よくあるパターン。
エリゼにとっては決して難しいものではない。
しかし、この身体では。
グランワルツは、二人ずつ前後に並んで踊る。
ここでも、何番目になるかだいたい暗黙の了解で決まっている。
もちろん先頭はしのぶ。
一緒に踊るのは、しのぶと同じくらいの「上手」な生徒または自信のない生徒、そのどちらかだ。
その後ろに晴美やあかりたちが続き、なんとなく列になっている。
真由子は、今回は所在なさげに列から外れポツンとしている。
また、自分の入りたい場所に自分から行くだろう、みんなはそう思っていたから、
誰も真由子の事を構わない。
グランワルツ、幾つかのステップが組み合わさっている、振りやステップの順番に自信のない場合、誰と組むかはかなり重要だ。
横目でチラチラとみながら、踊ることができるからだ。
「じゃ、予行演習いくよ」
といずみ先生。
音楽に合わせて軽く振りを確認する生徒たち。
みんな、かなり不安な様子だ。
お互いに探り合い、盗み見あっている。
エリゼからしたら、これくらいは言葉で言われただけですぐに身体が反応しすぐに動けるレベルだ。
振りを確認しながら、真理は首をかしげる。
確かに、基本的なステップ、回転もジャンプも難易度は高くない。
右に行って、左に行って、動きは大きいが基本中の基本だ。
それなのに、どうも何かが違う。
エリゼの思うように身体が動かない。
もちろん真理の身体能力はもう把握しているつもりだ。
それを踏まえても、動けなすぎる。
ーそう言えば、わたし事故に遭ってからレッスンしてないんだっけー
とふと思うエリゼ。
それまでのエリゼはほぼ毎日、バレエの基礎レッスンを欠かすことなく過ごしていた。
バレエ学校に入学する前も、週に4日は稽古場に通い、それ以外の日は家でのストレッチを欠かさなかった。
まだ8歳になる前の事だ。
パレ・ロワイヤルバレエ学校に入学してからは、もちろんバレエが中心の毎日。
夏休みや冬休み、そんな長期休暇は学校が指定する先生のに補習を受けた。
幼い頃から今まで、ほとんど毎日欠かさなかったバレエの稽古。
幸いに、大きなけがに見舞われることになかったエリゼだったが、風邪や腹痛で数日寝込んだことはある。
ある時熱を出したエリゼは、学校内の医務室のベッドに横たわり、とてつもない不安と戦った。
身体がつらい事はもちろん、レッスンが遅れてしまう、どうしようもない焦り。
そんな時は家に帰りたくなった。
自分の部屋の自分のベッドで眠りたい。
母に側にいてもらいたい。
学校内の医務室には医師や看護師がいて、病気やけがの生徒の世話をしてくれる。
状態が悪い場合、家に帰されるが大抵はこの医務室で数日を過ごし、元気になって寮へと戻ることになる。
インフルエンザが流行った時は大変だ。
医務室のベッドは満床。
みんな除菌用のシートに遮られて、会話することも出来ずにただ回復を待つ。
生徒のなかには遠い国から着ている者も。
そう簡単に帰ることも、親が来ることも出来ない。
不安に押しつぶされそうになりながら、夜はベッドのあちこちからすすり泣きが聞こえていた。
それを優しく慰めてくれたのは看護師さんたちだ。
エリゼも風邪をひいて数日寝込んでから、やっと寮に戻った。
これ以上、症状が改善しないなら家に帰す、そう言われた翌日にやっと熱が下がった。
久しぶりに稽古に戻ったエリゼ。
四日ぶりだ。
身体が重い。
動かない。
それをはっきりと覚えている。
稽古を休むとこういうことになる。
エリゼはそれは身をもって知った。
9歳の事だった。
ーそうよ、わたしって何日寝たきりなのかしらー
この稽古場の鏡で真理となった自分の姿を見ながら、エリゼは記憶を手繰った。
少なくても、1週間、いやもっとだ。
エリゼの時間軸がどうなっているか、それはわからない。
天国の門であれこれやっていた時、すでにもう数か月が経っていたのかもしれない。
そうなると、稽古をしない時期がそれだけあった、ということだ。
自分が夢を夢を叶える対象者を探している間、レッスンをしたいとば思わなかった。
不思議だ。
「身体」という実体がなかったからそういう感覚もなかったのだろうか。
ーバレエはね、稽古を一日休むと自分にわかって、二日休むと仲間にわかる、3日休むと観客にわかるー
そう言う世界なのよ。
「真理ちゃん、次よ」
いずみ先生に言われて咄嗟に、ポーズをとる真理。
稽古不足のこの身体、なるようにしかならない、そう思いながら。
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