通常のレッスン
レッスンは進んでゆき
バーレッスンが終わり、少しのインターバルを挟んでセンターレッスンへと移行する。
これは、ほとんどのバレエレッスンで共通していることだ。
プロ級ばかりが集まっていても、初心者ばかりのクラスでも、これは変わらないバレエの基礎レッスンだ。
発表会などの練習があるときは、センターレッスンはやらない事もあるが、
いまはいつも通り、通常のレッスンだ。
センターレッスン、その言葉通りバーから離れてスタジオの全面で全身を使った動きのレッスンだ。
こちらも、立ち位置は重要。
スタジオの前は一面鏡張りになっており、自身の全身がそこには映し出されている。
一番前の中央、そこは通常なら一番「上位」の受講生のがいる場所だ。
バレエ学校でいうなら首位の成績の生徒の居場所となる。
その中央に立ったのはやはり、しのぶだ。
このクラスで、しのぶは一番上手な生徒、そういうことだ。
真理はさっさと自分の立ち位置へと動いた。
いつも、しのぶの斜め後ろ、そこが真理の定位置だから。
この日の参加者は12名ほど。
横に、4人ずつ並び、3列できた。
誰もが鏡に映るように、少し間隔をずらして並ぶ。
真理も鏡の自分を確認した。
もう目はそらさない。
しかし、その時自分の姿が人影に遮られた。
目の前に真由子がいる。
ちょうど2列目にいる真理、その斜め前、1列目と2列目の間くらいに真由子が割り込んで立っているのだ。
見ると一番後ろ、3列目は3人しかいない。
真由子はそこに入ればいい。
それなのに、この中途半端な位置に堂々と立っている。
いくらこのいずみ先生のクラスは初めての受講だとはいえ、こういう立ち位置の暗黙の了解は共通のはず、それなのにどうしたことだろう。
周囲も不思議そうな真由子を見ている。
「真由子ちゃん、こっちに入って」
とさすがにいずみ先生が声をかけ、3列目のあいている場所を誘導しようとした。
しかし、
「私、目が悪くてあまり後ろだと見えないんです」
と真由子がまるで黒板でも見るかのように言った。
そして、視線はと言うと、真理の方をチラチラと見ている。
まるで「代われ」と言わんばかりだ。
真理は何も言わずに、スッと後ろに下がった。
斜め後ろの3列目に移動したのだ。
真由子が少し会釈をして、真理のいた場所に立った。
直接礼を言うこともなくしかも、それっきりもう真理の事を振り向きもしない真由子。
センターレッスン
最初はゆっくりとした、アダージオと呼ばれる全身を使った動きだ。
バーなしでのプリエと大きなポール・ド・ブラから始まり、足先だけでなく、背中と腕と頭までいっしょに動かすことを、先生は何度も念を押した。
音楽が流れ始めた。
真理の斜め前の真由子、ピンと背筋を伸ばし優雅に手を広げ最初のポーズをとる。
その姿をぼんやりと目の端にいれた真理。
真由子が強引に自分の立ち位置を「奪い取った」ことなど気にも留めてはいない。
エリゼはそんなことを気にする次元ではないのだ。
そしてすでに、真理の身体を最大限に使うことで頭がいっぱいになっている。
頭の先からつま先まで、意識をしてすっと伸ばす。
指先にまで神経をとがらせて、ゆっくりと動かす。
プリエをして、ホールドブラ、そして、足をパッセにして横に伸ばす。
それからロンドジャンプしながら後ろにアラベスク。
真理の身体は、エリゼの思う通りには動かない。
パッセはひざ下、アラベスクは地面から少し足が離れた程度にしか上がっていない、しかも曲がっている。
背中の柔軟性が足らず、弓形に曲がらない。
その姿を鏡越しに見ていた真由子が、クスッと笑った。
確かに、真理を見て笑った。
そこで、エリゼの本能に火が付いた。
生まれながらの負けず嫌いがうずいた。
真理の身体での最大限に使い、自分の持てる力を存分に発揮する。
それが私なら可能だ。
バーレッスンの時と同じように、出来ることを出来る限りやった。
自分の身にも心にも叩き込まれている、エレガンスで洗練された動き。
首筋、背中、指先、すべてに神経を注ぎ込み、優雅にゆっくりと動く。
つま先は伸びないが、それでもできる限り足の甲を遠くへと伸ばす。
手を動かすのと同時に、顔の位置も変わる。
その立ち姿は、エリゼが学んできたものそのものだった。
鏡の自分(真理)の姿を見ながら、動きを続ける真理。
聞こえているのは音楽と先生の声だけだ。
センターレッスンはその後、足先を使った素早い動き、小さなジャンプへと続き、
それから、ピルエット、回転の稽古となった。
片足で立ち、くるっと回る。
バレエの王道の動きだ。
広めの四番ポジションからプリエで床を押し、軸足に体重を集める。
前足にパッセに引き上げながら、腕を胸の前で素早く丸くまとめる。顔だけは最後まで正面を見つめたまま、合図のように一気に視線を送り出す。くるりと一回転、パッセのままほんの一拍空中に止まる。
それからようやく、そっとかかとを床に下す、両手を広げポーズしながら。
いずみ先生の大人クラスの生徒たち、
ほとんどは1回転のピルエットが出来るかどうか、そんなレベルだ。
真理も、同様で、エリゼは正確なポジションに最大限気をつけながらゆっくりと回った。
バレエ学校では、このピルエットを長い時間をかけて習得させる。
始めはパッセで立つだけ、それから4分の1回転、半回転、1回転。
それを身体に叩き込ませてようやく2回転、3回転へと進む。
しかし、そう習った技術は回転の数が増えても問題なくできる。
何回転回っても、軸がぶれることもない。
真理の中にいるエリゼは、そんなことを思い出しながら1回転のピルエットを回っていた。
その姿は、とても今までの真理ではなかった。
優雅さとエレガンスをまとった、美しい動きだった。
応援していただけるとうれしいです。




