新しい「仲間」
エリゼ、真理としての初レッスン
「あら、真由子ちゃん、いらっしゃい」
真由子の姿を見つけたいずみ先生が更衣室に入って来た。
そして、真由子に親し気に声をかけるいずみ先生。
「来てくれたのね、一緒に夢を叶えようね」
と気さくに真由子に言う。
更衣室で稽古着に着替える真由子。
初めての場所のはずなのに、なんだが手慣れた様子だ。
そして、何といえばいいのか、「馴染んでる感」がすごい。
初めてこの教室にやってきた大人の生徒たちの大半は、なれない場所に初めて会う人たちに、多少のおどおどとした様子が会ったりするのだが、真由子にはそんな感じがまったくしない。
それどころか、
「さあ、スタジオに行きましょうよ」
着替えを終えて周囲に声をかけていた。
レッスンスタジオには、その日稽古に参加するメンバーが揃った。
わずかにお休みはいたが、合同発表会に出たほとんどがここに居る。
「みなさんに、紹介しますね」
といずみ先生が真由子を隣に並ばせて言った。
「こちらは、木下真由子さん、発表会で一緒だったからみんなも知っているわよね。
バレエ・フローラからこちらへ移籍されました。皆さん、一緒に仲良くお稽古しましょう」
といずみ先生。
いずみ先生の言葉を受けて、
「木下真由子です。先日はお疲れ様でした。これから皆さんとバレエのレッスンが出来るのがとてもうれしいです」
と頭を下げる真由子。
「こちらでは、大人クラスでもポアントが履けると聞いて、私の居場所はここだわ、と思い移ることにしました。これからよろしくお願いします」
と真由子は満面の笑みでそう続けた。
「言っちゃうの?それ」
と小さな声でつぶやいたのは、晴美だった。
その日のレッスンが始まった。
どの位置のバーに付くか、今まではみんなで譲りあうことも多かったが、だんだんとそれぞれの定位置が決まって来ていた。
スタジオの壁側にLの字にバーが付いている。
先頭はしのぶ。
真理は、真ん中あたり、幸子がその後ろにいる。
それから、晴美はLの字の曲がった部分の先頭にいる。
それが、この日は。
いつも晴美がいる場所に真由子がいた。
迷うこともなく、真っ先に自らその場所を選んだ真由子。
それを見た晴美は、何も言わずに真由子の後ろに付いた。
「いつも、ここは晴美ちゃんがいるのよ」
と幸子が真由子にやんわりと伝えるが、
「でも、決まりではないいでしょう?なら早い者勝ちってことよね」
とキッパリと言う真由子。
そう言われてしまうと、誰も反論などできない。
加えて、
「真由子ちゃん、好きなところでいいわよ」
といずみ先生が助け舟をだしたため、真由子はますますドヤ顔でみんなを見つめていた。
そんな様子をぼんやりと眺めていた真理。
バレエ学校時代、バーでもセンターでも立ち位置は決まっていた。
成績順だ。
「ここでも、そうすればいいのに」
と心で思うエリゼ。
上手い順にすればいいのだ、と。
だと、真理は、
どのあたりなのだろうか。
バーレッスンが始まるまで、みなはそれぞれストレッチなどをしている。
脚の屈伸や、腕を回したり、スピリッツをする者も。
真理は、自分の身体を思い知ったばかりなので、ゆっくりと出来る範囲で身体をほぐした。
鏡に映る自分(真理)を出来るだけ見ない様にしながら。
いや、見るに見られないのだ。
この姿。
エリゼ本人ならば、自分の姿をしっかりと鏡で確認しながら日々レッスンをしていた。
鏡は自分の良いところも、欠点も、包み隠さずすべてを映す。
自分の姿を自分の眼でしっかりと見つめ、悪いところを直すように練習をする。
それがごく当たり前のことだった。
「直視しないと」
と言い聞かせる真理。
エリゼからしたら、背も小さく、手足は短く、首などはまるで埋もれているようだ。
それでも、出来ることはあるはずだ。
鏡に映った自分(真理)を見つめながら、背筋を伸ばし、首を伸ばし、指先まですっと伸ばしてみる。
さっきよりはいい感じだ。
さあ、レッスンが始まる。
真理は背筋を伸ばしたまま、すっと、バーを掴んだ。
静かな音楽が流れはじめ、まずはプリエからバーレッスンがスタートする。
脚のポジションは一番から。
股関節が十分に開いていない真理は、両足を外向きにしても、90度ほどにしかならない。
エリゼをはじめパレ・ロワイヤルバレエのダンサーはもちろん、バレエ学校の最年少の生徒でさえ、180度以上は開いているのだが。
それでも、ゆっくりと股関節を曲げて、身体の重心を整える。
その時、手はゆっくりと身体をなぞるように動かす。
指先まで神経を通わせて、かすかに丸みを残した、柔らかな指先の形となっている。
肩を落とし、首を引き上げて顔は少しだけ横を向く。
首に一本の筋がきれいに見えている。
バーに手を置く時も、ゆっくりと肘を回転させて、音楽に合わせてふわりと手をかける
一通りの動きが終わったら、バーから手を放して、両手で下向きに円をつくるようにそろえる。
いつもエリゼがやっていることだった。
バレエ学校に入ってから、毎日、毎日、欠かすことなく繰り返されたバーレッスン。
細かな指先の使い方、顔の位置、すべてエリゼの中に染み込んでいる。
身体能力がイマイチでも、それなら出来るはずだ。
レッスンをしているみんなの事を、くまなくいずみ先生が見つめている。
そして、注意すべき点をその場で伝える。
それから、褒めるべきところもだ。
「真理ちゃん、バレエの動画でも見てきた?今日はとても優雅よ。その腕の動かし方とてもいいわ」
といずみ先生が真理に言った。
思わずいずみ先生を見つめる真理
いま、自分は褒められたのか?
半信半疑な真理
バレエ学校時代、エリゼは期待の星ではあったがレッスンは過酷だった。
いつもいつも指摘ばかり。
褒められた記憶といえば、数えるほどしかない。
それが、こんなことで褒めてもらえるなんて。
エリゼは感慨深くいずみ先生の言葉を聞いた。
その姿を、真由子が冷ややかな目をしながら見つめていた。
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