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48歳からの大人バレエ ~うちのママに天才バレリーナが憑依しちゃいました~  作者: 明けの明星


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4/21

私、バレエ辞めます

バレエとの決別

「え?ねえ、舞香ちゃん?何を言っているの」

と母が言った。


たったいま、

「私、もうバレエ辞める」

言い放った舞香。


母は引きつった笑顔で舞香を見つめている。

娘の口から出た言葉を受け入れられないのだ。


「辞める、って。バレエを?」

と母。

頷く舞香。


「あの、舞香ちゃん。発表会が終わって疲れちゃったんじゃないの?

お稽古少しセーブしてみたら?」

と母が猫なで声で言った。


「ダメよ、違うの。もうバレエは辞めるから」

と舞香。


「なんで、ずっと続けてきたのに」

と母も譲らない。


「ママ、もうバレエに興味が持てないの」


「それでも辞めることはないでしょう」


「このまま続けたら、バレエだけの高校生活になりそうだし」


「だから、それならセーブすれば」


「それを許してくれるの?」


舞香と母はしばらく言い合いを続けた。


そして

「もうママの夢には付き合えないの」

と舞香がポツリと言った。


「ママの夢、だなんて」

と母。


「ママの夢でしょう、バレリーナになりたいのは」

と舞香。


「ママには叶えられなかったから」

と舞香はつぶやいた。


その後、母は舞香の通うバレエ教室に出向き、長い時間講師と話をした。

舞香が3歳の時から、通い続けたこの教室。


「舞香ちゃんは燃え尽きてしまったんでしょうか」

と講師が言った。


少し前に行われたこの教室の発表会で、舞香は黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。

発表会のプロフラムの中でも「見せ場」となるこの演目。


舞香は全力で取り組んだ。

普段のレッスンに加えて、男性パートナーと踊るラン・パ・ド・ドゥの稽古は別枠となり、

スケジュールも大変。

怪我や病気など、健康管理にも気が抜けなかった。

そのため、稽古が佳境に入ると、舞香は中学最後の運動会も、遠足も欠席をしてバレエの稽古に集中したのだ。


母としてはバレエを最優先にすることを強要したつもりはなかった。

それでも、無言のプレッシャーをかけていたのかもしれない。


「舞香ちゃん、しばらくお休みしましょうか。

他の子たちは国際コンクールの準備を始めていますので、舞香ちゃんが居づらくても可哀そうですから」

と講師が言った。


舞香と同年代の生徒たちの次の目標である、年に一度の世界規模の国際コンクール。

それを目指してレッスンに励む子たちのなかに、やる気のなくなった舞香の居場所はないのだ。

と母はそう思った。


「いつでも戻ってきてね」

と稽古場を去る母に講師が声をかけた。


寂しげに笑い、頭を下げる母。

もうこの教室に来ることはない。

一瞬にして、幼い頃からの舞香の姿が頭を駆け巡った。


この稽古場にいる誰よりも上手で、誰よりも輝いている舞香の姿を見るのが本当に楽しかった。

そして誇らしい自慢の娘。

綺麗な足はつま先までピンと伸びて、丸い形を作る両腕は長くしなやか。

シニヨンがよく似合う、小さくて形の良い頭。

くるくると何回転もしながら、微動だにしない強い軸。


どれもこれも、母にはないものばかりだった。

舞香の姿を見ながら、自分の子供の頃を思い出す母。


「真理ちゃん、あなたはここよ」

と先生の声がする。


発表会の演目の立ち位置だ。

大抵は一番後ろのすみっこだった。


自分の事を思い出すと胸が少しだけ痛んだ。

あんなにバレエが好きだったのに、報われなかった少女時代。


それを娘の舞香がすべて帳消しにしてくれた。


「あの子なら、叶うかもしれない」

と母は娘に自分の夢を乗せていた。


それなのに。

娘はそれを拒否したのだ。


バレエ教室から家に帰ると、舞香が気まずそうに母を出迎えた。


「お帰りなさい」


「ただいま。舞香ちゃん、先生がいつでも戻っておいでって」


母の言葉に何も言わず、舞香は部屋に駆け込んだ。

もう辞めたんだ。

戻るはずがない。

そう心で叫びながら。


でも母に直接その言葉をぶつけたくはなかった。

自分がバレエを続けるために、母がどれだけ尽くしてくれたかは舞香にもわかっていた。


この前の発表会だって、パパのボーナスくらいお金がかかったらしい。

それをママは家計費を使うことなく自分のパートを増やして払ってくれた。


衣装の微調整を夜中までやってくれて、毎週買い換えるトゥシューズの紐付けだって。

レオタードやタイツの洗濯も、毎日欠かさずやってくれてた。

それに、体型維持のために食事にも気を遣ってくれたし。

スタミナは付くけどヘルシーなお料理、たくさん作ってくれた。

学校に持っていくお弁当も、クラスメイトに何か言われないようにって見た目は普通だけど、

すごくヘルシーだった。


それなのに、それなのに。


「私はバレエを辞めました」

と舞香。


きっかけは些細なことだった。

放課後、スイーツ食べに行けなかったから、次は行きたくて。

お好み焼きに誘ってもらって、レッスン休んじゃえ、って思った。

それから、どんどん気持ちが膨らんで、もうバレエは辞めたくなった。


それに、あの人からも言われたし。


そう言えば、もうあの人の声が聞こえない。

「私の中にいるっていう天才バレリーナ」


舞香は手鏡を取り出して、自分の顔を映した。

そこには、金髪、青い目のあのエリゼ・リデルの姿はなくいつもの舞香が映っていた。

バレエ豆辞典

★グラン・パ・ド・ドゥって?★

アダージオ

男性ヴァリエーション

女性ヴァリエーション

コーダ

の四つから成るのがグラン・パ・ド・ドゥ”です。


★黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥとは★

バレエ『白鳥の湖』第3幕で踊られる

オディールとジークフリート王子の大きなパ・ド・ドゥのこと。

そこだけを抜き出して発表会などの演目とすることも多い作品です。


頑張っていた舞香、何かがプツリと切れてしまったようです。

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