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48歳からの大人バレエ ~うちのママに天才バレリーナが憑依しちゃいました~  作者: 明けの明星


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「バレリーナ」と「ふつうの人」

真理としての日々

エリゼ・リデル。

バレエの神様に愛された少女は、若き天才バレリーナへと成長した。

この先何年にもわたり、バレエの世界で頂点に君臨し続けるだろう、誰もがそう思っていた。

それが。

突然の事故で、キャリアは途絶え、その命さえ風前の灯火だ。

その時、エリゼは21歳。


そのエリゼがそのまま今ここで、真理の身体のなかにいる。

30年の時が経ってはいたが、エリゼの心も気持ちも21歳のままだ。


「会社勤めっていうのも楽しそうだわ」

と仕事終えて帰路についたエリゼ(真理)がつぶやいていた。


「真理さん」

そこで声をかけられた。


会社近くの電車の駅だ。

この駅から自宅近くの最寄り駅まで帰る真理を見かけた同僚の、武井綾子が駆け寄って来た。


「今帰りなんですね」

と綾子。


綾子は真理よりも3歳年下、同じパートとして働いている。

家族構成も真理と似ており、お互いに社内での良き話し相手だ。


そんな綾子にも真理は自分のバレエの事をはなしてはいない。

娘が本格的にバレエを習っている、それは公にしておりバレエが好き、ということは綾子も知っているが、大人のバレエクラスに通っているとは思ってもいないだろう。


「最近、真理さんと大西くんとよくお話してますよね」

と綾子が言う。


大西大河、そうあのもとバレエ少年の若手社員だ。

真理とのチャットはバレエへの情熱で溢れている、そしてどんなバレエダンサーにも敬意を払う話しぶりは謙虚でいやでも好感度が上がる。


「もう少し仲良くなりたい」

とエリゼ。

しかし、今のエリゼでは、これ以上親密に話をすることも、もちろんデートに誘うことも出来ない。


「せっかく理想のひと(男性)をみつけたのになー」

とエリゼは思った。


そもそも、今は「真理」である自分、勝手なことはできない。

この先の「真理」の生活を変えてしまうようなことをするわけにはいない。

歴史まで変えてしまうようなことがあれば大問題だ。

まあ、その前に天国の門の審査官たちに阻止され、契約は打ち切りとなるだろうが。

いまでさえ、エリゼの一挙手一投足はすべて天国の門の審査官たちが、しっかりと監視をしている。


万一、重大な規約違反でもあれば真理との契約は即座に破棄。

エリゼはそのまま、自分の運命に従うしかない。


「なんか、息子みたいだし、いろいろと気をかけてあげたくなっちゃうのよ」

と真理に言われてなんとか納得する綾子。


この日、朝のまだ人の少ないフロアの片隅で、随分と親密に話していた2人を見た綾子。

最近、時々二人だけで話をしていることは気付いていたが、今日の大河を見つめる真理の視線。

いつもより、熱くどこか恋の匂いがしたのを綾夫は見逃してはいなかったのだ。


「ほんとに母親目線よ。今日はね、たまたま同じ話題で盛り上がっただけよ」

真理(エリゼ)


「そっかー、真理さんちの息子さんは、独り暮らししてるんだもんね。

息子のような、若い子とたまにはお話しないとね」

真理(エリゼ)の言葉に納得したかのように言う綾子。


「ふう、危なかった」

と綾子と別れて一人で電車に乗った真理(エリゼ)がつぶやいた。


また明日、大河に会える。

それはエリゼにとってこの上なく嬉しいこと、ではあったが審査官の他にも誰が見ているかわからない。

気をつけないと。


エリゼの育った国では、好きになった相手には積極的にアプローチするのが普通だ。

もしも、エリゼが普通に大河を気に入ったとしていたら、当然もうすでにデートに誘っていたことだろう。


「だから、好きなんかじゃないって」

と自分に言い聞かせるエリゼ。


自分が今、真理としてここにいるのは、自分の時代で生き延びるため、それだけだ。

この世界、この時代の事に深入りしすぎるのは良くない。

審査官からも釘を刺されている。


家に帰ると、娘舞香から

「今日はバイト終わったら、友達とご飯食べて帰る」

とメールが入った。


まだ、真理としての生活に慣れてはないエリゼ、家に誰もいないのはありがたいことだ。

エリゼは一人で夕食を済ませ、洗濯物の片づけや食器洗いなどの家の事を片付け、そして風呂に入った。


「48歳って、こんな風になるんだ」

と風呂場の鏡で真理の姿を見て真理(エリゼ)は思った。


「考えられない。こんな身体」

とエリゼ。

自身とはあまりにもかけ離れたこの肢体。


風呂から出ると、真理の日常にはないが、身体をほぐすべく床に座り込んだエリゼ。

いつものエリゼは、寝る前に入念に体をストレッチする。

その日使った筋肉をほぐし、関節を緩める。

骨盤や背筋など、すこしでも歪んだろことがあれば、修正しておく。


自分の身体のセルフメンテナンスをする。

毎日欠かさず。

それはバレリーナにとってごく当たり前の事だ。


エリゼのように、生まれながらに柔軟性に恵まれていたとしても、毎日必ず関節をほぐした。

バレエを踊ることは、普段の生活ではあり得ない身体の使い方をするからだ。


「え、なによこれ」

とエリゼが悲鳴に近い声を上げた。


真理の身体で、いつも自分がやるようなストレッチはできないだろう、流石のエリゼもそれはわかっていた。

だから、ごくごく基本的な足の前後開脚をしてみた。

が、しかし。


まったく、足が開かない。

スピリッツとも呼ばれる、足の開脚。

片脚を前に、もう片脚を後ろにまっすぐ伸ばし、床に吸いつくように足がつく姿勢。

バレリーナなら誰もが出来る、それくらいの股関節の柔軟性はあるはずだ。


真理の身体は、前に出した脚は大きく膝が曲がり、後ろに伸ばした脚に至っては、くの字になったままだ。

せめて、前足をまっすぐに、とひざに力をいれてみるエリゼ。

すると、前の脚の膝裏と、後ろの足のもものたりに痛みが走った。


「やばい、やめよう」

とゆっくりと姿勢を元に戻すエリゼ。

もう少しで足がつりそうになったのだ。


スピリッツ以外でも、左右の開脚でもまるで脚が広げられない。

両手を伸ばし、背中より後ろで手を組んでみる、それも出来ない。

肩が痛くて無理なのだ。


うつぶせに寝転がり、身体を浮かせ上半身を後ろにそらせてみた。

床と頭は数センチしか離れない。


「この身体、うそでしょう」

とエリゼはしばらく呆然として、その場に座り込んでいた。

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