発表会、その後
いよいよエリゼが真理を乗っ取りました。
「じゃあ、契約は成立、ってことで。
でも契約書とかはないんだけど、いいよね。色々な規約なんかはおいおい説明していくね」
とエリゼが真理に語り掛けていた。
そこは打ち上げからの帰り道。
打ち上げの宴の場で、いきなり「舞台の真ん中で踊る」夢をエリゼと共に叶えることを「契約」した真理。
実際にはこれから何が起こるのかなど、思いもよらない。
そもそも、聞こえているのは自分の幻聴かもしれない。
「しばらくは私に任せてほしいの。だから、貴女の身体を完全に乗っ取らせてもらうね」
とエリゼが言った。
その言葉を聞くや否や、真理の記憶はそこで途絶えた。
「ここがあの人の家か」
と玄関先に立つ真理が言う。
「前はいきなり舞香の心に飛び込んだから、家の内部までよく見てないんだよね」
と思わず声に出している真理。
そこに玄関の物音に気付いた舞香がやってきた。
「ママ、お帰り。今日はお疲れ様。打ち上げ、どうだった?」
そう言いながら。
「ああ、すごく有意義だったわ。あの、お風呂に入ってもう寝るわね」
と言うと、真理はさっさと部屋に引き上げた。
「あら、行っちゃった。疲れてるのかな」
母の後姿を見ながら、舞香がつぶやいた。
いつもなら、真理は何かイベントがあった後、しばらく舞香を相手にお喋りが止まらないのだ。
「さあ、頭を整理しないと」
と部屋で一人真理が言う。
いや、実際には真理の姿をしたエリゼだ。
真理の基本データは天国の門の審査官からもらった。
それから、この国での常識や、さまざまな暮らしのルールなどもあらかじめ習得した。
居酒屋の宴の席から、この家に戻るまでの間、すごい処理スピードでエリゼの心にあふれんばかりのデータが刻み込まれた。
「今度こそは、なんせもう後がないんだから」
と真理の中のエリゼが言う。
ついこの前、才能のあるバレエ少女の夢、「国際コンクールで入賞する」を叶えるべく
話を進めていたが、親の反対により続行不可能となり、契約は成立しなかった。
舞香から数えて、5人目の候補者だったその少女。
それも、契約には至らず。
天国の門の審査官、リーズルは頭を抱えて深いため息をついていた。
「もうこれ以上、猶予は出来ないわ。もうそのまま上に行く?」
とリーズル。
上、そう天界、あの世だ。
せっかく、生き延びるチャンスを与えられたと言うのに、いつまでたってその条件である「契約」ができないでいるエリゼ。
担当の審査官であるリーズルももう彼女をかばうのも限界だ。
「だからね、あなたがエリートバレリーナだということはわかるけど、あまりに目標にこだわりすぎているわ。難易度が高すぎるのよ、凡人では叶えられない夢ですもの。
だから、もっと素朴でバードルの低い夢を探してみてよ」
とリーズルが何度目かの忠告をした。
「もう次で最後よ、本当に、この世界、現世との時間軸はかなりズレるけれど、
現世時間で、2日しか猶予はないわ」
と付け加えるリーズル。
それは、真理たちの合同発表会、前日のことだった。
後がなく、追い詰められてエリゼ。
それでも、心の行先は舞香や国際コンクールで入賞を目指していたあの少女のいる国だ。
どうしても惹きつけられる、この国のバレエ事情。
エリゼの魂は、まるで鳥のように空を自由に飛び回ることが出来ていた。
しかも、建物の壁を透けるように潜り抜けた。
ふとバレエ音楽が聞こえてきた大きなホール。
そこを覗いてみた。
見るとそこには、大勢のバレリーナたちが舞台狭しと踊っている。
とても、楽しそうな気配は伝わるものの、これが自分の知っているバレエと同じものだとは思えずにいるエリゼ。
しばらくその舞台をじっと見つめ、
「酷いもんね」
と顔をしかめた。
これがあの「パキータ」?
確かに音楽はそうなのだが、エリゼにはこれが「パキータ」だと認めるわけにはいかなかった。
「まあ、一生懸命に踊っているわよね」
とエリゼがなんとか良いところを探すように言った。
その中に、舞香の母の姿が見える。
バレエへの熱意と愛は人一倍強いものを感じるが、踊りがこれか、とエリゼ。
そうは言いながらもエリゼはこの発表会になぜか興味を持った。
自分の知っているバレエとは、かけ離れたこの舞台。
それでも出演者たちのひたむきなその姿に、何か惹かれるものがあったのだ。
「こういうバレエもありなのかも」
とエリゼ。
そんなエリゼの魂は、合同発表会の打ち上げ会場にも付いて行った。
そこで聞いた、みんなの夢。
その中で、真理の言葉がどうも心に響く。
なんと健気な、これが夢だなんて、と。
ー真ん中で踊る、その夢、私が叶えてあげる。ー
そう思わずにはいられなかったのだ。
母、真理が「お休み」とつぶやくように言って、自室に引き上げて行く後姿を、舞香がずっと目で追っていた。
どうも、様子がおかしい。
そう感じた。
娘の直感だ。
舞香は、あの手鏡を持って自分の顔を映してみた。
鏡の向こうに見えた、あのエリゼという女の子の事が何故か心にひっかかる。
しかし、映っているのは自分の顔だった。
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