「夢のあと」打ち上げ
いよいよエリゼが夢のを叶える相手が
発表会会場のホールから歩くこと数分。
打ち上げの会場となる、居酒屋に着いた。
かなりの人数のため、一つのフロアを貸し切りだ。
広い和室に、細長いテーブルが並べられていて、既に料理が準備されていた。
みんな着いた順に席に着く。
自然と、同じ教室の生徒同士が近くに座っている。
真理の両側にも、幸子と晴美がいた。
その場の全員のグラスにビールが注がれ、
「かんぱーい」
とのぞみ先生の明るい掛け声で宴が始まった。
大人数のため、あちらこちらで数人ずつが話をしている。
そんな中、真理がふと目をやった先に、真由子がいた。
真理と同様に、同じ教室の仲間数人と談笑している。
楽しそうな笑顔、そこには真理感じた「嫌な」気配はなかった。
宴は進み、飲酒をしている者たちは顔が赤くなっている。
真理たちは、いずみ先生と康太先生を交え談笑していた。
「次の目標は、何かな?」
と康太先生が皆に問いかけた。
この日を終え、また地道な稽古となる。
それが、バレエ教室の日常だ。
しかし、なにかしら「目指すもの」があるのとないのとでは気持ちが違う。
「ちゃんとした、グラン・パ・ド・ドゥをやってみたいです」
真っ先にそう答えたのはしのぶ。
楽屋では、ためらっていたが、この場では言い切っている。
「しのぶちゃんなら出来そうよ、がんばりましょう」
それを聞いたいずみ先生が言った。
いずみ先生は「大人からのバレエ」であっても、どんどん上を目指すべき、そう言う考えらしい。
瞳を輝かせて言うしのぶの言葉を、暖かく聞き入れていた。
次に、晴美が
「キトリのバリエーションが踊りたい」
と具体的な作品を言った、
すると、他の皆も
「私は、金平糖」
「それなら、私、スワニルダ」
「海賊のメドーナにあこがれています」
次々と有名なバリエーションが挙がってゆく。
どれも、主役の踊る作品だ。
「じゃあ、私、黒鳥のバリエーション」
その時、いつのまにやら会話の輪に入っていた真由子が言った。
「黒鳥」
舞香が踊った黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ
あの姿は我が娘でありながら、惚れ惚れするくらい、気高く強く美しかった。
そんな思いが頭をよぎる真理。
「真由子ちゃんにはピッタリかもね」
既に、ちゃん付で真由子を呼んでいることを含め、いずみ先生の言葉は真理には聞こえてはいなかった。
「真理ちゃんは、何がいいのかしら?」
といずみ先生。
舞香の踊った黒鳥のバリエーションが、頭の中で再生中だった真理は、少し慌てた様子で我に返った。
「私は、私は、舞台の真ん中で踊りたいです」
と思わず答える真理。
具体的な作品名も出てこない。
「そう、じゃあ何が踊りたいか、考えておいてね」
といずみ先生。
真理は自分の言ったことに少し焦りながら、いずみ先生に向かって頷いていた。
「舞台の真ん中で」
今までの立ち位置が不満だった、そう受け取られかねない言い方だ、と真理は思った。
実際、舞台の一番後ろから、他の出演者の背中ばかりを見ていたことには確かだ、それが不満だったとと思われるのは心苦しい気がした。
それでも、自分だって夢も希望もある。
でも、この場でさえ、みんなのように、あれが踊りたい、このバリエーションがいい、そんなことを言えずにいる真理。
自分は、いつもそう言う立ち位置だったから。
と、子供の頃の自分が心をよぎる。
本当は、自分にだって夢がある、それなのに。
ーじゃあ、その夢、私と一緒に叶えてみない?-
と真理の心に語り掛ける声がした。
「え?」
と周囲を見回す真理。
皆談笑しており、真理に話しかけた様子はない。
それに、あの声。
聞き覚えがある。
前も心の中で響いた、あの声だ、と真理は思った。
ー覚えててくれてよかったわ。もう切羽詰まってるの、どうしようー
と声が言う、確かにその声には焦りがあった。
ーあなたの夢、私と一緒に叶えてみない?ねえ、うん、って言ってー
と再度声が言った。
「うん、いいわよ」
と真理。
声に出したのか、心でつぶやいたのかは真理本人にもわからないが、
なぜか、はっきりとそう答えた。
私も夢を持つ、そして叶える
そう思うあまりの空耳なのかと感じながら、真理は自分自身に応えたつもりで頷いたのだ。
「よかった、じゃ、契約成立ってことで。さっそくこれで申請してくるわね。
申し遅れましたが、私はエリゼ、よろしくね」
と声が明るく言った。
「まったく、やっとこれでスタートライン。今度こそ、成功させなきゃ。」
と声の主、エリゼ。
いまだに、「自分がこの世に留まるために誰かの夢を叶える」
その誰かを探していたのだ。
直前に、候補としたのはバレエの国際コンクールで上位に入りたい、そんな夢を持つ少女だった。
才能にも恵まれているその少女、エリゼの助力があれば実現も可能だろう。
と、話は進んだが、なぜかエリゼの存在に気付いたその子の母親から阻止された。
「これ以上、あの子に賭けるお金がないの。夢のままで終わらせてほしい」
と。
たとえ国際コンクールで入賞したとしても、その先がある。
大抵の場合、海外のバレエ学校への留学となる。
そうなると、かかる費用は莫大だ。
だから、始めからそこまでの夢を持ってほしくない。
と母親はそう思ったのだ。
「うちの子供はあの子だけじゃないの、他にもいるの。ほかの子の将来を制限してまであの子に賭けることはできない」
それを聞いたエリゼ。
自分がいかに恵まれた環境でバレエを続けていたかを改めて思い知った。
エリゼの母国では、国立のバレエ学校があり、そこに入れば授業料などはかからない、
それでも、普通に学校に通うよりも何倍もの費用が発生する。
そんな中、エリゼは何不自由なく、バレエの事だけに集中することが出来た。
エリゼの家庭、
ごくごく普通の一般家庭だ。
バレエの才能に恵まれ、自分でもバレリーナへの夢があるなら、ただひたすらそれを追ってもいい。
それが当たり前ではない、エリゼはそのことを初めて知ったのだ。
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