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48歳からの大人バレエ ~うちのママに天才バレリーナが憑依しちゃいました~  作者: 明けの明星


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「夢の時間」ふたたび

さあ、本番

一通り、リハーサルが終わると、開演までのひと時は休息時間となる。

まあ、誰も「休んで」はいないのだが。


パキータでセンターを務めるしのぶは、一緒に踊る康太先生と舞台の上で、最後の稽古をしている。

他にも、数名が舞台で色々と確認を兼ねて踊っていた。


真理たちはそこまでの必要もなく、楽屋で衣装や髪飾りの確認をしたり、メイクを直したり、

それから、少しばかりの食事を済ませておくことにした。


お腹がドシンと重たくならないような、軽めの食べ物をそれぞれ楽屋で口にした。

真理は、舞香が買ってきてくれた玄米のおにぎりと、先ほど小西大河が差し入れてくれた栄養ドリンクで済ませた。


今回の楽屋は、カーペットが敷いてあり、床に座り込むことが出来た。

椅子だけの楽屋よりもくつろげる。

楽屋の中央に置かれていたローテーブルを囲んで、数人が談笑しながら軽食を食べていた。


そこに、康太先生との稽古をからしのぶがもどってきた。

衣装をつけたまま、額が汗で光っている。


「お疲れ様」

と口々にしのぶを迎える。


「主役は大変ね」

と誰かが言った。


衣装を脱ぎ、稽古着に着替えたしのぶが皆に交じってテーブルに着いた。

手には、持参した食事。

ライ麦パンのサンドウィッチ、ヨーグルト、それからフルーツ。

飲みのもはミネラルウォーターだ。


「おしゃれなお食事だね」

晴美が声をかけた。


このライ麦パンサンドウィッチはこのあたりに売っている物ではなく、どこかのデパ地下で調達したのだろう。

それにミネラルウォーターも見慣れないラベルが付いている。


「ライ麦のパンは、ダイエットにいいんですって」

としのぶ。


しのぶは今回のパキータの配役に決まって以来、ダイエットを始め食べるもにそれは気を使っているのだ。

もともと少しも太ってはいないが、このところさらに引き締まり美しい筋肉が付いていた。


「じゃ、次の発表会ではリフトしてもらう、とか」

と幸子が言う。


今回の合同発表会はあくまでも、イレギュラーな出演だ。

あすかバレエスタジオとしては、また次の発表会がある。


「そうなのよ、今度の発表会、私たちにも色々と出番があるみたい」

としのぶが興奮気味に言う。


「康太先生の話なんだけど、今度の発表会では大人のクラス、でひとまとめではなくてもっとたくさんの演目を割り当ててもらえるんだって。

あすか先生の子供のクラスの人数が減ってることもあるし」

としのぶ。


「じゃあ、しのぶちゃん、次はパ・ド・ドウかしら」

と晴美。


「えー、私なんかそんな大それたこと無理ですよ。今回だってまぐれなんですから」

晴美に言われたしのぶ、あわてて謙遜するように言うが、その顔はなんだか嬉しそうに頬が紅潮していた。


「しのぶちゃんなら大丈夫よ、グランとかでも」

と真理が言ってみた。

内心、真理はしのぶの妙に自分を卑下しながら、周囲より優位であるかのように言うことが鼻についていた。

それでも、つい持ち上げるように言ってしまった。

グラン、グラン・パ・ド・ドゥ、男性とのペアで踊る、「主役」の踊りだ。

ゆっくりした二人の踊りから始まり、男女それぞれの見せ場をはさんで、最後は速い音楽で一気に盛り上がる“主役二人のハイライト。

ある程度上達してきた生徒のとって、「グラン」を踊るのは夢であり、目標だ。


「えー、グランですか、それは夢のまた夢ですよ、私なんかじゃあ。

真理さんだって、次こそはバリエーションなんじゃないですか?」

としのぶが言う。


次こそはバリエーション。


もちろんそれも真理にとっては、夢に見ている高い目標だ。

しかし、そう言われたということは、今回は「立っているだけ」と思われたのと同じではないか。

と真理は思った。


しのぶに悪気がないのは、よくわかっていた。

気遣いも出来て、控えめで、誰にでも優しいしのぶ。


そんな彼女の嫌な部分ばかりをあら捜ししている自分。

真理の心には、しのぶに対する複雑な気持ちが入り混じっていた。


「そろそ準備をしましょうか」

と誰かが言った。


時計を見ると、開演まで一時間を切っている。

楽屋のモニターには、客席の様子が映し出されていた。


チラホラと人の影が見えている。

見に来てくれたお客さんだ。

その中には、舞香も小西大河もいるだろう。


大人ばかりが出演するバレエ発表会。

出演者の家族と見受けられる、父と子供が何組も客席にいる。


「ご主人は来るの?」

と幸子に聞く真理。


「たぶんね」

と幸子が少しばかり照れながら答えた。


「あかりさんは?」

と晴美が尋ねる。


「パパと息子二人で来るって。息子たち、ちゃんと座っていられるかしらね」

とあかり。


誰も観には来ない、そう断言している晴美。

今この場でそのことに触れる者はいない。


楽屋のモニターが写している画面が、客席から舞台に切り替わった。

今まで無音だった音も聞こえてきた。

会場でブザーが鳴り、開演を告げている。


さあ、舞台の幕が開く。


真理たちは衣装に着替えると、頭飾りを整え、鏡でメイクの最終確認をした。

そして、みんなで楽屋をでて舞台袖に向かう。


下手の舞台袖、暗く広い空間に独特の匂いがする。

大道具の木材と、舞台を包み込むホコリの匂い。

その暗い空間の向こうに、まばゆく光る舞台が見えている。


そこに、いずみ先生が待っていた。

真理たちみんなに向かって、


「さあ、本番よ。夢の時間の始まり、みんな楽しんで踊ってきて」

そう言うと、一人一人の手を握る。


「はい」


「もちろん」


「出来るかなあ」


「わくわくしています」


生徒たちは口々に言いながら、出番の幕袖へと向かった。


「もちろん、夢見させてもらいます」

と真理もそう思いながら、背筋をすっと伸ばして舞台へと一歩を踏み出す準備をした。

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