舞台の上から「見えた」もの
いよいよリハーサル
発表会当日。
その日のスケジュールは、だいたい前回と同じだ。
本番、開演は夕方だが、生徒や先生、スタッフなど関係者は朝から会場であるホールに集合している。
3つの教室が出演する今回の発表会。
楽屋は各教室ごとに分かれていた。
「ねえ、差し入れ、ってなんで?」
楽屋に戻るなり、晴美と幸子に聞かれる真理。
「ああ、これはね」
と真理。
小西大河の事を話した。
「会社の同僚さんか、バレエ経験者だなんてすごいね。仕事先に話が合う人がいていいなあ、それに若いイケメンが観に来てくれるんだ、うらやましいなあ」
と晴美と幸子がため息をつきながら言う。
「いや、ほんとうにただの同僚で、そんなプライベートな話する機会もほとんどないんだって、パートのおばちゃんと若手営業だもん。でもさイケメンって、顔知らないじゃない」
と真理。
まあ、大河はそこそこのイケメンなのは確かなのだが。
「私は、今回も誰も来ないわ」
と晴美。
そんなことを話しながら、真理たちはメイクを始めていた。
バレエのメイク。
それは、かなりの派手な舞台用の化粧だ。
まばゆい照明、舞台と客席の距離、それでも顔の表情がわかるようにはっきりと濃くメイクをする。
近くで見ると驚くほどの厚化粧だが、ライトの下ではちゃんとバレリーナに見えるから不思議だ。
下地を塗り、鼻筋にハイライトを入れる。
ここから先は、メイクアップ専門のスタッフがやってくれる。
眼にはくっきりとアイラインを入れ、頬紅とリップも普段は使わない鮮やかな色だ。
メイクの仕上げは、別室で行われた。
他の教室の生徒たちも一緒だ。
そこに、先ほどいずみ先生と何やら話し込んでいた、バレエ・フローラの真由子がいた。
真理たちを見つけると、笑顔で近寄ってきた真由子。
もうメイクを済ませている。
「いずみ先生とはお知り合いなの?」
と幸子が聞いた。
幸子も真由子が話していたのを見ていたのだ。
「いえ、合同のお稽古の時、初めてお目にかかりました。
とても気さくないい先生ですね」
と真由子。
真由子はそのまま何かを言いたげだったのだが、真理たちのメイクの順番がまわってきた。
鏡に向かう真理たちと、楽屋に戻る真由子。
真由子はその時、
「今日の発表会が終わったら、お仲間になりますのでよろしくね」
と言い残した。
真理と幸子と晴美は、咄嗟のその言葉に何も答えることが出来ず、
真由子の後姿を見送った。
「仲間?どういうこと?」
とメイクをしてもらいながら真理は思った。
メイクを済ませると、舞台の上でリハーサルが始まった。
本番同様に照明が入り、本番と同じように踊るのだ。
衣装を着けた生徒たちが舞台袖に集まっていた。
いずみ先生のバレエクラスの出番はプログラム6番目、ちょうど真ん中くらいだ。
まずは舞台の上での立ち位置を確認する。
今までの稽古場よりもかなり広い。
わかってはいたけれど、実際に舞台に立つとイメージしていた以上の広さだ。
客席から観ているいずみ先生が、細かく指示を出す。
6人でのバリエーション、
稽古の時よりも、間隔をあけて並ぶようにと、いずみ先生が言う。
客席のいずみ先生、その隣には康太先生が生徒たちのリハーサルを見ている。
そして、康太先生と並んでいるのは、まぎれもなくあの大河だ。
もうこの場に来ているのだ。
客席に大河の姿をみつけ、少々動揺がはしる真理。
まさか、今この場の姿を見られているなんて。
チュチュから出ている脚を隠したくなる。
丸見えの二の腕も。
しかし、大河の視線にたじろいでいるわけにもいかない。
立ち位置確認が終わり、曲が流れ始めると真理は懸命に踊った。
もう客席は気にしない。
踊りが終わり、舞台前方に一列に並び、お辞儀をする。
パキータは情熱的な作品。
お辞儀もそれっぽく、手を腰に当てて片足を後ろに引き頭を下げる。
バレエらしい優雅なレヴァランスとは少し違うイメージだ。
視線も床に落とすのではなく、遠くを見つめる。
自然と客席を見渡す真理。
大河の姿を探しているかのようだ。
大河は、真剣な眼差しで舞台を観ていた。
オフィスでの姿とはかなり違う印象だ。
目の輝きが、明らかに異なる、今まで見たことのない燃えるような瞳。
真理はお辞儀をしながら遠くを見つめる。
ここから見える世界、
「これが舞台から見る風景なの」
と真理。
リハーサルは進み、パキータのコーダになった。
曲が始まると、真理たち6人がまずは舞台に。
幾つかのステップを踏みそのまま後ろに下がる。
そのまま最後まで、真理のコーダでの立ち位置それは一番後方だ。
最初のステップ以外、踊るところはほぼない。ずっと一番後ろでポーズをとる、それだけだ。
並んでいる真理の前で、他のバリエーションの数名が踊る。
そして、先頭の中央康太先生にエスコートされたしのぶがいる。
一番後ろから見る景色。
舞台は広く、客席が遠い。
真理は自分が舞台から見る景色のほとんどが、こんな光景だということに気付いた。
大勢の「「バレリーナ」の後姿越しに見えている、遠い客席、これが真理の視線が捉える風景だった。
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