舞台の上から見えるもの
いよいよ本番が近くなりました
三人で「買い物」をした、その帰り道。
自宅付近のドラッグストアで、発表会で先ほど確認をした「必要な品」を買った。
出かけた先には、行きつけの店舗がなかったから、それぞれの自宅付近でポイントの付く店で買った方がお得、そういうことになったのだ。
「みんな主婦だもんね」と三人で笑った。
行きつけのドラッグストア、その日はポイントが倍になるお得デーだった。
真理は必要な品に加えて、良い匂いのするフレグランスを選んだ。
発表会当日、この香りに包まれたらテンションも上がりそうだ、そう思ったからだ。
「いよいよもうすぐだね」
とその夜、舞香が声をかけてきた。
舞香は今回の発表会にも観に行くと断言していた。
自分は辞めてしまったバレエだが、根本から嫌いになったわけではない。
母の踊るバレエ、それを見届けるのは自分の義務だ、そんな想いすらあったのだ。
「パパは、来ないのね」
と舞香。
舞香の父、真理の夫の祥太は今回も仕事のため観に来ることはできないらしい。
そして、長男、和人も
「俺は、パスー、まあ頑張って」
とメールが来た。
「観に行くのは私だけね」
と舞香が言った。
真理はその言葉に首を振った。
もう一人、観に来てくれるのが、
職場の同僚、小西大河。
かつてバレエ談義をしてから、表立ってはバレエの事は話していなかった。
発表会のことも、社交辞令だったかもしれない。
そう内心ほっとしていたのだが、最近になって
「リハーサルは順調ですか?
この前、康太さんとメールして、皆さんすごく頑張ってるって聞いてますよ。
いよいよ迫ってきましたね。楽しみにしています」
と社内ツールで連絡があった。
そう言われたら、ありがたくお招きするしかない。
この発表会、もちろん無料で入場券などもない。
それでも、真理はパンフレットを大河に渡した。
朝、出勤してすぐ、個人ロッカーに大河が一人きりでいるのを見た真理。
ものすごい勢いで、茶封筒にいれたパンフレットを大河の手に無理やりねじ込んだ。
「いらないかもしれないけど、これパンフレット」
それだけを言って。
デスクに戻ってしばらく、焦りと気恥ずかしさで汗が吹き出し息切れがしていた。
冷静になって思えば、康太先生の知人として来るんだから、康太先生経由でもう持っているかもしれないのに。
わざわざ会社で渡すなんて、若い子じゃあるまいし。
と真理は一人顔を赤らめていた。
「バレリーナらしい写真、素敵ですね」
と大河が社内ツールでメールを寄こした。
先程、渡したばかりのパンフレット。
前回同様出演者、ひとりひとりの顔写真が載っている。
希望者のみしかも有料、ではあったが個人写真を撮り直す機会があった。
いずみ先生の大人クラスの生徒のほとんどが、新たに撮影をした。
前回よりも、首筋を美しく、前回よりも背筋を伸ばして、自然な笑顔で撮れているはず。
今回のパンフレットを見た舞香、
「どこが違うの?」
と真理の顔写真を見て直球で聞いていたのだが。
その月の最後の日曜日、ついに合同発表会当当日がやってきた。
幸い、朝から晴天だ。
真理は大きな荷物を持って、電車を乗り継ぎ会場である文化センターへと向かう。
市庁舎や大きな図書館などが揃っている公共施設の一つが大きなホールのある文化センターだ。
駅を出ると数分歩いたところに、文化センターがある。
同じ電車で晴美と出会った。
お互い、一人きりでの会場入りは不安だったので、ここで会えたのはラッキーだ。
他にも、合同稽古で見かけた顔がある。
改札を出ると、一本道を進む。
前にも、後ろにも同じ出演者らし人物が数人歩いている。
他の公共施設に向かう人々も多く、細い道は混雑しており大きな荷物が邪魔だ。
急ぎ足で、抜かして行く人たちに道を譲りながら、歩く真理と晴美。
「今日のホールはなにをやるのかしらね」
と声が聞こえてきた。
前方を母親と小さない女の子が並んで歩いている。
大きな手提げを持って、図書館にでも行くのだろう。
「今日はバレエね」
と母親が言う。
ホールでの開催状況はスマホで簡単に検索できる。
「リコちゃんたちも、この前ここでやったでしょう?バレエの発表会」
と母親。
すると女の子は、手を頭の上にあげて、輪をつくるよにバレエのポーズをしていた。
「でも、みんな大人の人たちだね」
と女の子が言う。
ホールの出演者としてこの道を通っている人たちは大きな荷物を持っている、
その女の子はそう認識しているようだ。
確かに、いまホールに向かっている生徒たちはみな大人ばかりだ。
「大人の人だけの発表会みたいね、最近は流行っているのよ」
と母親も言う。
「ふうん」
と女の子は納得したのかどうかわからない、返事をしていた。
「流行ってる」
確かにそうなのかも。
真理も晴美も内心そう思ったが、言葉に出すことはなく、ホールへの道を急いだ。
「おかしいよね」
と言われなかっただけ、よしとしよう。
そんな気持ちを抱えながら。
楽屋に着くと、前回の発表会の時とは違う楽屋が割り振られていた。
舞香が言っていた、使いにくい、前回の楽屋、今回は人数もさほど多くないので空き部屋だ。
楽屋で荷物を置くと、まずはいずみ先生を探した。
先生たちは、既に会場入りしており舞台の細かな打ち合わせをしていた。
舞台袖で、いずみ先生はじめ今回の主催者であるのぞみ先生、それからゲストの康太先生立に出会った。
まずは挨拶だ。
すると康太先生が真理に小さな手提げを手渡した。
「いつもお世話になっているそうで」
そう言いながら。
中には、栄養ドリンクとカードが入っている。
「今日は心から楽しんでください、舞台から見る光景は格別ですよ」
と書かれたカード。
大河からの差し入れだ。
「舞台から見る光景、そんな余裕があるかしら」
と笑う真理。
晴美たちに大河の事を話しながら、楽屋に戻る真理。
ふと、廊下の隅をみると、いずみ先生の姿があった。
誰かと話し込んでいるようだ。
その話している相手、それは一緒に出演する別の教室、バレエ・フローラの生徒、真由子だった。
応援していただけるとうれしいです。




