新たなる挑戦
大人のバレエクラスにも少し変化が
大人のバレエクラス、その生徒たちは多少の入れ替わりはあるものの、
いつも熱心に通う者たちが固定されてきた。
まあ、「常連さん」だ。
真理と幸子と晴美、それから美咲。
そして。
発表会の後、教室を去ることになっていた田代あかりの姿もあった。
バレエに夢中になるあかりを夫は良く思わず、もう辞めるように言い放ったのだが、
意外にも、息子たちがあかりの味方をしてくれたのだ。
「だってね、あの子たち、踊ってるママ、綺麗でかわいかったよ。
またあんなママの事が見たい。
おうちの事は僕たちでお手伝いする、って言ってくれたの」
とあかり。
そして更に、息子たちが夫に
「だから、ママにバレエを習わせてあげて。バレエを始めてからのママ、すごくうれしそうなんだもん、たのしそうなんだもん」
と訴える息子たち。
そしてついに
「仕方ない、でもほどほどにしろよ」
と夫は、辞めろ発言を撤回し、あかりがバレエを続けること承諾したのだ。
「息子たちがバレエへの道をつなげてくれたの。だから、精一杯がんばりたい」
と目を輝かせるあかり。
そんなあかりとは対照的に、
発表会のワルツではセンターを務め、普段のレッスンでも他の皆より技術も容姿もワンランク上、
みんなのお手本の存在でもあったのあ。
そんなのあがいずみ先生のクラスを辞めると言い出した。
稽古場の片隅で、のあといずみ先生が真剣に話をする姿が何度か見受けられた。
そして、その日の稽古の後、いずみ先生から話があった。
「このクラスのスタート時から皆さんと一緒にお稽古をしていたのあちゃんが、ここを卒業することになりました」
と。
のあが辞めてしまう。
その場にいた生徒全員が衝撃を受けた。
「バレエをゆっくりまったち楽しみたい」
とこのクラスにはいってきたのあ。
その身体、踊りのセンスを見てもバレエ初心者ではない事は明確だ。
まだ大学生だと言う彼女。
他の「ガチな」レッスンを選ぶことも出来ただろうに。
この前の発表会、大人のクラスの「ワルツ」は全員バレエシューズで踊った。
もちろんセンターののあも例外ではない。
「バレエシューズで踊るのはいつ以来だろう」
とのあが笑っていたのを思い出す。
発表会後に始まったトゥシューズクラスでの彼女を見ていても、すでに踊り慣れた感があった。
それでも、いつも楽しそうに年齢も違う仲間たちとレッスンをしていたのあ。
その、のあがいなくなってしまう。
「寂しくなっちゃうな」
と皆口々に言った。
のあも、
「みなさんと一緒にまたバレエができて本当に楽しかったです」
と短く挨拶をした。
「また、なんだ」
とその言葉を聞いた真理が思った。
この子も、一度辞めたバレエを再開していたんだろう。
と思いを巡らせた真理、脳裏に舞香の事がよぎった。
「バレエ、辞めちゃうの?」
「どこかで続けなよ」
「ここじゃ、おばちゃんばっかりだいし」
見ると、のあの周囲を皆が取り囲んでいる。
皆、異口同音に今後の事を心配しているのだ。
「言っちゃえば?」
そんな様子を見たいずみ先生に促されるように、のあが口を開く。
「私、留学することにしたんです。
ダンスとエンタテインメントを学びに、ニューヨークに行きます」
とのあが言った。
のあは大学を一年休学し、ニューヨーク行きを決意したのだと言う。
ずっと前から憧れていたエンタテインメントの本場。
「私、バレエもだけど、ダンスが大好きで、あとミュージカルも大好き。
どうしても、本場で生活をしてみたかった。
両親には猛反対されたけど、なんとか説き伏せました」
とのあ
生徒たちは、のあの「親」の立場の者の方が多い。
のあの決断にもろ手を挙げて賛成しかねるのも頷ける。
「ここで踊ることの楽しさを再認識させてもらえました」
とのあが言う。
のあは自分の昔の事は話さなかったが、
風の噂で、かつて習っていたバレエ教室でいつも周囲がライバル、そんな環境につかれてしまいバレエから遠ざかったのだ、と聞いていた。
それからしばらくして、いずみ先生の元にのあからニューヨークの夜景の動画と共に、
元気そうなメールが届いた。
「ニューヨークでがんばってるんだって」
とある日の夕食時、真理はのあのことを舞香に話した。
「辞めたバレエを再開した」
を強調しないように気をつけながら話す真理。
舞香はただ淡々を聞いていた。
そして一言、
「その子、何になりたいのかな。ニューヨークの舞台に立ちたいとか、エンタテインメントの世界で働きたいとか、そんな夢をもって留学したの?」
とポツリ言った。
「どうだろうね」
と返す真理。
実のところ、のあの目標、それは真理にもわかりかねていた。
本人が何も話さなかったし、聞くべきでもない。
「私がそんなこと言ったら、どうする?」
と舞香が唐突に聞いた。
「まあ、うちには1年も留学させてあげられる経済力はないから、その時点て論外、かな」
と真理。
「やっぱりね」
と舞香は言い残した。
その後、舞香は自室であの手鏡を持った。
そういえば、あの子、どうしているだろうか、そう思いながら。
もう夢だったのか幻だったのかも定かではない、鏡の中のあの子。
元々は天才的なバレリーナ。
しかし、手鏡に映っていたのは、舞香自身だった。
もうあのバレリーナの姿はない。
「あの子の夢でも叶えてあげればいいのに」
と舞香。
「それとも、もう標的をみつけたかな」
とつぶやいた。
誰かの夢を叶えれば、この世に留まることが出来る、そんな命の瀬戸際にいるという
天才バレリーナ。
「あれも夢だったのかな」
と舞香はそのこと自体、もうおぼろげにしか思い出せなくなっていた。
応援していただけるとうれしいです。




