エリゼの「計画」
エリゼの考えたことは?
「何よ?いい考えって」
と舞香。
エリゼは何やらほくそ笑んでいるではないか。
いや、真理は熟睡中。
そんな表情を舞香が思い描いただけだ。
「大きな役を勝ち取るためにやることよ」
とエリゼが言う。
「そう、オーディション」
エリゼの声は弾んでいるではないか。
「オーディションでトロワの配役を?」
と舞香。
そういえば、かつてコンクールで仲良くなった結城楓もそんなことを言っていたっけ。
留学先のバレエ学校で、公演の出演者にオーディションで選ばれたって。
それに、バレエ団でも時々子供役のオーディションがある。
「くるみ割り人形」に登場する小さなお客様なんかは、本当の子供たちが演じるからその出演者をオーディションで選出するのだ。
一度、舞香もそんな話をもらったことがある。
国内で一番有名なバレエ団のクリスマス公演、その出洗者だ。
しかし、大勢のバレエ少女たちが集まるオーディションですっかり緊張してしまい、ぎこちない踊りしかできなかった。
結果は、舞香が選ばれることはなかったのだ。
「ふーん、意外。肝が据わってるのかと思ってた」
とその話を聞いてエリゼが言う。
「だってさ、みんなすごいんだもん。スタジオに並んだときなんか最前列の奪い合いで」
と舞香。
あすかバレエスタジオではいつでも「真ん中」にいた舞香。
慣れない状況にたじろいだのだ。
「エリゼはオーディションの経験は?」
と舞香が聞く。
「うーん、パレ・ロワイヤルバレエ団への入団試験がオーディションみたいなものよね。
あー緊張した。もう思い出したくもない。
あとは、バレエ学校時代に何度か受けたわよ。バレエ以外でも、CMの出演者とか、レオタードのモデルとか。まあ全部受かったけど」
とエリゼ。
入団試験も合格したのだから、エリゼとしては合格率100パーセントではないか。
「すっごい、さすがだね」
と舞香が感心しながら言う。
「で、トロワの配役オーディションって、勝ち抜く自信はあるの?だってさ、ママでしょ」
と舞香。
エリゼの「トロワの女性ダンサーをオーディションで選ぶ」という考え。
悪くはない。
公平だ。
しかし、それで母が選ばれるのだろうか。
少なくとも、エリゼの助けがない母は、技術的には真由子と同レベル。
見た目となると、大きく差がついてしまう。
それに、他にも希望者が現れるだろう。
いずみ先生の大人のバレエクラスの生徒の中では若手で断トツに上手なしのぶだって名乗りをあげるだろう。
そして有力候補だ。
「大丈夫よ、真理の身体を最大限に美しく見せて踊るから。まかせて」
とエリゼは自信たっぷりだ。
「でもさ、そんなに踊ってママ、大丈夫?次の日動けないとかやめてよね」
と舞香。
このまえのアダージオレッスンの翌日も真理はひとい筋肉痛に襲われていたのだ。
「真理だって上達してるのよ。毎日のストレッチのお陰で筋肉だって付いてきてるし、柔軟性も出て来てる」
とエリゼは日々の鍛錬の成果を強調する。
そう言われてみれば、真理の身体ずいぶんと引き締まって来た。
それに今までは全く出来なかったスピリッツ、足の前後開脚もかなり出来るようになっている。
「それでね、舞香にお願いがあるの」
とエリゼ。
「相手の女性ダンサーをオーディションで選んでほしいって、先生に言ってくれないかな」
と。
オーディションで選ばれるためには、選抜方法がオーディションにならなくてはいけない。
今、真由子で決まりかけている配役を、なんとかオーディションで公平に選抜する、それを進言しろというのだ。
「ママに協力してもらえれば」
と舞香。
舞香は、同じトロワの出演者である大河と共に、いずみ先生にオーディションをするように頼もうと考えた。
3人の出演者のうち、決定している舞香と大河。
その二人から頼まれれば、オーディションをやらないわけにはいかないだろう。
きっと康太先生も同意してくれるはずだ。
だから大河と話がしたい。
次回の康太先生のレッスンまでは待てない。
大河と同僚の母なら明日にでも大河と会えるではないか。
「それ、わたしでもいいじゃん」
とエリゼが言った。
確かに、真理の身体に、「真理」と同居しているエリゼ。
そのエリゼでも大河と話をすることは容易だろう。
でも、今のように真理が眠っている間にというわけにはいかないのでは。
「こうすればいいのよ」
とエリゼが真理のスマホを持ち出した。
「娘が、トロワの件で大河君とお話したいそうです」
とメールを打つエリゼ。
そしてその文面の最後に舞香のメールアドレスを加えた。
「はい、送信」
とエリゼ。
大河もトロワの配役に関しては気を揉んでいる。
ならば舞香と話がしたいはずだ。
「でもさ、いつまでも黙っていられないでしょう?」
と舞香。
まだ、トロワの配役が自分から真由子に代わろうとしていることを知らない真理。
「オーディションになるって決まってからでいいんじゃない?」
とエリゼはさらりと言う。
「真由子だって、オーディションになれば自分に決まりかけてたのに、って言いだしにくいと思うし。
真理には特にね。だから真由子に取られそうになったって知らないで済むかもよ」
と続けるエリゼ。
それで済むならその方がいい。
舞香もそう思った。
「だってさ、決まっていた役を取られた、って知ったら真理の古傷がいたむじゃない」
とエリゼ。
真理の事もの頃の苦い思い出だ。
それを舞香はほとんど知らないのだが。
「そんなことを思い出してほしくないのよね」
とエリゼが言う。
「エリートだから、そんな気持ちはわからないのかと思ってた」
と舞香。
「私だって人の心を思いやる気持ちはあるのよ」
とエリゼが少し怒って言う。
その時、舞香は真理とエリゼの間にゆるぎない絆が生まれていることを感じていた。
その時、舞香のスマホが鳴った。
大河からメールが届いたのだ。
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