舞香と真由子
舞香と真由子、どんな話を?
「だからね、私の夢が叶うの、本当にうれしいわ。あ、もちろん真理ちゃんには申し訳ないと思ってるんだけど」
と真由子が言った。
目の前にいる舞香の手を握り、じっとその目を見つめながら。
真由子の眼は少しばかり潤んでおり、話声も詰まりぎみだ。
涙をこらえているのが舞香にもよくわかった。
普段の舞香なら、真由子の言葉に感動し賛辞をおくるところだが今は違う。
なんせ、母の夢そしてエリゼの生存がかかっているこの配役、あっさりと引き下がるわけにはいかない。
「それでね、いずみ先生は真理ちゃんには別の配役を考えてくださっているのよ」
と真由子が言う。
舞香の心にある疑心と嫌悪をその目つきから感じとったようだ。
「眠れる森の美女の6人の妖精、あのうちの一人を真理ちゃんにって、いずみ先生が言っていたわ」
と続ける真由子。
-6人の妖精ー
三大バレエのひとつ、「眠れる森の美女」その冒頭で、オーロラ姫の誕生を祝い、姫の未来に幸せや気品や勇気を贈る祝福の妖精たちの踊りだ。
オープニング、一人ずつの踊り、そしてコーダという構成でそれぞれに見せ場があり発表会ではよく踊られる演目だ。
「リラ、じゃないんでしょ?」
と舞香が聞いた。
6人の妖精、その中心となる「リラの精」
言うなら「主役」だ。
「そう、かもね」
と真由子は曖昧に答える。
考え込む舞香。
確かに、6人の度の妖精もソロのバリエーションがある。
舞台の真ん中で踊る、これはクリアできる演目だ。
母、真理のバレエのレベルならこれでも難易度は高い。
大きな挑戦でもありはず。
「今度の発表会では、全幕をやるじゃない。だからバレコンは厳選されるそうなんだけど、
大人クラスから選抜して踊る演目を、っていずみ先生ががんばって枠を取ってくれたのよ」
と真由子。
それから、真由子は「6人の妖精」の踊りがいかに素晴らしいか、大人クラスから選ばれることがいかに名誉なことなのかを力説した。
「だって6人だけなのよ」
と真由子。
20人近くいる大人のバレエクラスの生徒。
そこから選抜される6人。
それに入るだけで、真理にとっては「すごいこと」なのだと言われているようだ。
それに加えて、
6人の妖精の中心てきな役柄、リラの精。
これを真由子が踊る、そんなことを何気なく匂わせてくる。
6人の妖精、舞香も何度か踊ったことがある。
初めてソロで踊ったバリエーションもそのうちの一人だった。
大好きな演目だ。
しかし。
「納得できない」
と舞香。
母娘で踊る、パドトロワ。
もうそれで目標が決まっている。
これは譲れない。
「そうなんですね。母も喜ぶと思います」
と舞香が言う。
心のうちは悟られないように、この「決定」を喜んでいるかのように。
その後、しばらく雑談をしてカフェを後にした舞香と真由子。
真由子との会話はとても楽しい。
いつまでもお喋りしていたくなる、そんな感覚に襲われる舞香。
まるでこちらの心を先取りするかのように話題は尽きず、押しつけがましいわけでもなく、年上ぶるわけでもなく寄り添うように話をしてくれる真由子。
思わずすべてを話してしまいそうになる。
エリゼの事も。
「舞香ちゃん、何か悩んでる?」
と真由子が聞く。
まるで舞香の心を見透かしたかのように。
エリゼの事、舞香は理解して納得して受け入れている。
それでも、ここ最近起きている「考えられない展開」に気持ちが付いてい行けてないのだろうか。
「進路の事でね」
と慌てて答える舞香。
もう解決した舞香の進路問題、あえてそう言ってみた。
「進路で悩むことはとても大切よ」
と真由子はフッと笑って言った。
そしてさりげなくテーブルに置かれた伝票を持ち、レジへと向かった。
レジでスマホを出し、あっという間に会計を済ませる真由子。
舞香は慌てて自分の財布を取り出した。
「あの、私の分」
と財布を漁る舞香に、
「ここはいいのよ。わたしのおごり」
と真由子。
「でも」
と口ごもる舞香に、
「じゃ、今度バイト代が入ったらまたカフェでおしゃべりしましょう。その時のお茶代ご馳走してね」
と笑顔伝える。
「そうですか?じゃあ、それで。あの、ご馳走様です」
舞香は少しバツが悪そうに財布をカバンに戻しながらそう言った。
カフェを出た舞香と真由子。
そのまま駅に向かった。
帰り道は違う路線の二人だが、
「遅くなっちゃったし、舞香ちゃんと同じ経路で帰るわね」
と真由子が言う。
遠回りにはなるが、舞香の最寄り駅を経由して帰ると言う真由子。
電車内でも話は尽きない。
バレエの事は少し離れて、学校の事、友人関係の事、色々と話す舞香。
真由子の言うことは、母とも先生とも違う。
思わず時間を忘れるほどだ。
あっという間に次は舞香の降りる駅だ。
「今日は急にありがとうございました」
と舞香。
急遽呼び出したのは舞香だ。
「いえいえ、とても楽しかったわ」
と真由子。
「ママにはメールしておいたから」
と真由子が続ける。
「じゃあ、気をつけてね」
最寄り駅に着き、真由子に見送られながら電車を降りた舞香。
「そっか、知らせたんだ」
とポツリとつぶやく。
舞香は真由子に会うとは真理に言っていない。
それなのに。
「なんて言い訳しよう」
そう考えながら家路を急ぐ舞香。
トロワの配役の事、まだ真理は知らないはずだ。
それを言うべきか。
一方、ホームで改札に向かう舞香の後姿を電車内から見送る真由子。
未成年の高校生だから、本来なら自宅まで送り届けるべきだろうが真理とは会いたくない。
自宅までは遠くはない、そう聞いているし大丈夫だろう。
少しばかり気にかけながらも、
「あの子は使えるかしら」
とつぶやく真由子。
その瞳は今まで舞香に見せていたものとはまるでちがぅていた。
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