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:新歓にて

 ある男性アイドルグループへの嫌悪感が徐々に男性全般へと拡大していった。その過程のことは克明には覚えていない。透明な水にインクを一滴たらしたようなグラデーション。そういった展開がされたのだろうそのときのことをわたしは、へええ、とか思いながら眺めていたんだ。きっと。


「予備校行っていい経験できたよ。って人間関係的な点でね。そういう意味では高校、大学というか、高校、予備校、大学っていう進学スタイルっていうの、それもありって思ったね」


 背中方面のテーブルから聞こえてくるおそらくは先輩のその自信満々な語り口。そうやって語っちゃうとこが胡散臭いエコ商品の販売員か、人材育成系のコンサルみたいで聞いてらんない。しゃべればしゃべるほど自分の価値が下がってることにそろそろ気がついてもいいころじゃないの。


 最初のサークルの飲み会は思っていた以上にくだらなくて、そのくだらなさがこれからのわたしの大学生活を物語っているみたいに見えた。


 途中からとなりに座ってきた男の先輩がわたしのうかない表情をのぞき込むと、


「どうしたあ」


 と酒とは違う何かいけない薬のチカラでそうなったみたいな間違ったテンションを振りまきながらわたしの肩をしきりに叩いてくる。どうしたもこうしたも、そんな調子の人と話すなんてしたくないの。それよりこの異常で異様な空間の雰囲気に酔ってしまいそう。はやいとこ抜け出したい。


 わたしと同じように男の先輩に絡んでこられちゃってる下田さんとは学部別説明会で席がとなりってだけだった。なのに「運命だよねえ」みたいに向こうは思ってて、そこから友だちみたいになった。運命かあ。お安い運命だなあ。


「ビール追加してきますね。あ、それとも別のに… コーラですね。はあい」


 そう言って、下田さんはすばやく席を立っていった。スマートに逃げたなあ。感心してしまう。自分はどうやっても下田さんみたいには振る舞えないことを知っている。難解な入試問題を解くより大事なことを、下田さんはいったい誰から教わったんだろう。


「講義ない時間、何してん?」


 となりに座る名前も知らない、知らなくても問題のない男の先輩が言ってくる。


「まあ、適当に」


 と、ほんとうに適当に言って、ひとまずはウーロン茶を口につける。ほうぼうのテーブルでは、朝の小鳥の鳴き声にも似たざわめきがさわがしい。けれど、それらはどれも心地よくはない。


「バイトとかしないん?」


「まあ、いずれは」


「したら、そのとき声かけてみ。紹介すっぜ」


 軽くのっただけなのだけど、そこでもう脈ありと判断されてしまったのか、ちょろいと思ったのか、男の先輩の手がわたしの肩をしきりにもんでくる。その手がいつ胸に降りてくるかと安心できない。手ごろなものをさがす。どの皿もちょこんと少しだけ残っていて空いてるものがない。手をかけているグラスに、ウーロン茶は、もうあと少し。氷にしても心許ない。男の先輩の手は、肩からわたしの首を這って、耳たぶに触れてきて。気持ち悪い。耐えられない。ウーロン茶のグラスを強く握った―


「ぶあっ」


 真っ黒なコーラが視界に飛び散る。わたしより先に下田さんが行動に出ていた。怒った顔で男を睨みつけている下田さんと、コーラをめいっぱい顔に浴びたとなりの席の男。その短い喘ぎで、場の空気は一変した。


「行こっ」


「あ、え」


 下田さんがわたしの手を取って駆け出す。


「あいつ、いい気味」


「ありがと」


「いいから」


 下田さんのあの感覚、正解だったみたい。


―運命だよねえ


 運命かあ。お安くない運命だ。


 わたしの手を引く下田さんの横顔が凛々しい。その日、わたしは恋に落ちた。





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