:おしゃれなトラットリア
最後に会ったのは半年くらい前。だから、そこまで変わっていないのだろうと勝手に決めつけていた。けど、容姿の不変さとはうらはら、注文するものが大きく変わっていた。
「しらすのせ卵ピザと」
―え? いまなんて??
しらす、食べたことなかったよね。てかさ、魚あんま好きじゃなかったでしょ。知らないみたいだから教えてあげるけど、しらすって魚だよ。ちっちゃいけどあれ魚だよ。あれ魚だよ。大丈夫なの? 食べれんの?
「あとセロリスティックを」
―は? へ??
セロリ、けっこう癖あるよ。そういうの嫌いだったじゃん。ニラとか春菊とか少しでも入ってるといらないとも言わずにわたしのお皿にポイってしてたよね。
注文を終えた女友だちの笑顔を見てわたしは悟った。
―付き合ってる男、いるなあ
その男の趣味とか好みとか、あるいはときどき、つくりに行ってるなんてことも。一緒に買いものとかもするのだろう。インジケーターがみるみる下がって気持ちがあっけなく沈んでいく、そんな自分を想像できている、あまりにも容易に。
そんなわたしの思いなんて存在しないかのように前の席にいる女友だちは楽しそうにメニューを見返す。もう注文はし終えたのだから、こっちを向いてくれてもいいだろうに。あまりにも向いてくれないから、この前の飲み会のことなんてわたしは思い出してしまう。
―どこ住み? 都内?
―ええ、まあ
―お。山手線の円のなか? そと?
―は?
―だから、なか? そと?
―そと、ですね
―なんだよ
急に男は興味を失った。なかだとどうだというんだろう。そとだと何がいけないんだろう。それにしても山手線の、そのなかとそとというたったそれだけのことで人を判断するだなんて。そんなアンタの住んでるとこってどこかしら? 埼玉あたり? それとも千葉の外れ? それをこの男にぶつけないのは埼玉あたりに住んでる人にも千葉の外れに住んでる人にも申し訳ないとの気持ちがあるからかな、きっと、たぶん。それでさ、ねえねえ、山手線で人を選別するそこのダサいお兄さん、なかだと何? そとだと何? 聞く価値なんてこれっぽっちもないそのことについて教えてくれないかしら― 聞きたかったけど、男のこの態度の前ではその気持ちもあっけなく失せた。
わたしはその男に精神的に背を向け、最近、読んだ本のことを考えた。料理屋をはじめる女というのはどうして決まってその前段階で離婚を経験するのだろうか、と。もしくは、父親が死んでその店を継ぐことになるのだろうか、と。永遠の謎というより物語の主たる部分へ向かうための通過儀礼くらいの気持ちでかるく流してしまったほうがむしろ精神衛生上いいのかもしれない。しかし、順風満帆な人生を歩んでいる美女がなんの苦労もなく高級イタリアンをオープンして連日盛況で、とそういった話があってもいいだろうに。誰がその本を手に取るのかは知らないけれど。
まったく、やれやれなことね。
そんな思いを込めて頭のなかの本を勢いよく閉じる。
くしゃ
やけに弱々しい音がわたしの頭のなかでして、爽やかな香りを放つ。きれいに咲いて、きれいに… 女は潰れていった。文句は言わない。栞にだってならないくらいに。
目の前の女友だち… いや、もう、友だちとは呼びたくない。かつての女友だちは、いまだにこちらを向かないまま。そんなにメニューおもしろいの? それなら今夜、そのメニューと一緒にホテルにでも泊まるといいよ。きっと満足させてくれるんじゃない。
さあてちょっと、本格的に嫉妬でもしてみようかな。




