35、竜編2 オーレリアと子竜
「キュイ」
「あ」
離宮の庭にそれが現れるようになったのは、オーレリアが本格的に魔力の訓練を始めた頃だった。
アーネストが心配で国境の砦まで迎えに行った際、荒野で遭遇した子竜はオーレリアの魔力に惹かれるのか、時折こうして遊びに来る。
まだ身体が小さいので結界をすり抜けられるのだろう。
「また来たのか……。おまえの親が心配するだろう」
「キュイイ?」
子竜は以前より少しだけ大きくなっていた。茶緑色だった身体も少し黒がかってきている。
「飼えぬと言っておるのに……」
言いながらも顔を寄せてくる竜の鼻先を撫でてしまう。
子竜は嬉しそうにすりすりとオーレリアの手に顔を擦り付けてくる。
子竜がオーレリアに懐いているので、アーネストもすぐに追い払おうとはしない。
しかし子竜が調子に乗ってぺろぺろとオーレリアの手や顔を舐めはじめ、あまつさえ魔力を吸収しているとわかるや、バシン!と片手で竜を突き倒し、オーレリアから遠ざけた。
「殿下の魔力を吸うな。それは私のものだ」
「ギュアァ」
竜とアーネストがいがみ合う。
ジェロームとコリンはそっと目配せし合う。
(今、子供とはいえ竜が転がったぞ。片手で転がしたぞ)
(いえ、それは確かにすごいですが重要なのはそこではなくてですね。隊長は竜にも嫉妬するんですね)
「アーネスト、少しなら良いだろう?」
「殿下!甘やかしてはなりません!一度与えると永遠に強請って来ますよ」
アーネストは跪くと、オーレリアの両手をそっと包み込んだ。
「殿下はわかっていません……。殿下の魔力がどれ程甘美か……。極上の味を知ってしまった獣が、野性で生きていけるはずがありません。以後、食べる物が全て不味いなどあまりにも不憫。殿下の魔力はそのくらい罪作りです」
一見すると野良犬を飼いたい妹に、無責任に餌やりをしてはいけないと説く兄の、正しい教育に見えるが内情はオーレリアの魔力を誰にも渡したくないアーネストの純然たる独占欲だった。
しかしアーネストの説教を真面に受け止めたオーレリアはしゅんと項垂れた。
アーネストの言う通りだと思った。
(飼えぬのに無責任に魔力を与えてはならぬ……)
離宮が王都から離れているとはいえ、竜がしょっちゅう現れては民に徒に不安を与えてしまうだろう。
(それに、いずれ成長したら結界を通れなくなる)
淋しくても今手放しておかなくてはならないのだ。
アーネストはちらりと竜を見やる。
そうはいったものの、既に手遅れな気がしないでもない……。
竜はオーレリアに構って欲しくてしきりに尻尾を振っている。
しかしきちんと一歩分距離を空けてお座りして待っている。礼儀をわきまえている。
オーレリアと目が合うと、「クウン」と鳴いた。
アーネストは思った。
(なんだその媚びた鳴き方は。竜としての誇りはどうした)
あざとい竜にイラッとする。
「さぁ、殿下。竜は山へ帰しましょう」
「うん……」
オーレリアは心を鬼にして竜に山へ帰るよう命じるのであった。




