35、竜編1 ウィルフレッドと竜
雄大な山脈からの侵入者を見張る石造りの頑健な砦。周囲には防壁を巡らせ、堅固な守りを誇る――はずのその防壁に異変が起きていた。
ウィルフレッドが東砦に着くと、砦の結界石が壊され、竜が右端の防壁を半壊にしていた。
「ウィルフレッド殿下!ここは危険です!どうかお戻りください!!」
砦の責任者が竜と応戦しながら叫ぶ。数十人が半円形に竜を取り囲み、攻撃態勢を取っていた。竜の身体は鎖で地面に縫い付け、なんとか動きを封じている状態だったが竜は尻尾を壁に打ち付け、破壊を続けている。鎖も今にも抜けそうだ。
「――いい、僕のことは構うな」
ウィルフレッドはトンと軽やかに馬を下りるとすたすたと騎士の間を通り抜け竜の目の前に立つ。竜を見上げて命じる。
「――ここで暴れるな」
「ギュアアァァ!!!」
竜がグワッと牙をむき出しにし、怒ったような声を上げる。その怒気は凄まじく、取り囲んでいた騎士たちは反射的に身を竦めた。
竜の目は赤く染まり、闘争本能が剥き出しだ。
騎士たちは竜の威嚇に怯んだものの、再度攻撃態勢を整えた。竜はグルルルと唸り声を上げる。
ウィルフレッドは竜の様子に違和感を覚え、騎士たちに視線を向けた。
「戦闘中止、下がれ」
ウィルフレッドの声は戦場によく通った。
「!?」
騎士たちは反射的に一歩下がるが、構えは解かない。
「殿下……!?」
ウィルフレッドは掌に魔力の塊を出現させた。高密度の黒の魔力のエネルギー体である。
魔力を感知できる騎士たちは本能的な恐怖にさらに一歩下がった。
「おい、あれが見えないのか!?下がれ!」
一部、魔力が感じられないのかぽかんとしている騎士の腕を、一歩下がっていた騎士たちが引っ張って無理矢理下がらせる。
「え?」
「勘が悪すぎると死ぬぞ、馬鹿が!!」
騎士たちとは反対に竜はウィルフレッドの黒い魔力にぴくりと反応して鳴くのを止めた。
「ほら、機嫌を直せ」
ウィルフレッドが塊を竜に掲げると、竜はじっとそれを見た後、ウィルフレッドの掌から餌を食べるようにそのエネルギー体をぺろりと食べた。
「キュイィィ」
満足そうな鳴き声だ。
ウィルフレッドはぽんぽんと竜の腹を撫でた。
「何を怒っていた」
「キュイキュイギュア!」
「なんだと……」
見守っていた騎士たちは唖然とした。
(え、何あれ?殿下、竜と喋っている……?)
ウィルフレッドはポカンとしている騎士たちを一瞥し、おもむろに一人の騎士を指さした。
「そいつを捕えろ」
「!?」
一歩下がっていた騎士たちが一斉に動いた。
「な、何を!」
「地下牢へ繋げ。尋問は僕がする」
捕えられた騎士は何かを喚いていたが、周りの騎士たちは躊躇しなかった。王族の命令は絶対だ。例えそれがたった今まで仲間だと思っていた相手だとしても。
*
「――おまえ、竜の卵を盗んだな」
「――――!!」
男はビクリと身を震わせた。
男は既に騎士服を剥がされ、全裸で後ろ手に手首と足首を縛られ、正座で膝に重しをのせられていた。
男の横には2名の騎士が見張っており、剣を構えている。
ウィルフレッドは男から数歩離れた距離に椅子を置き、尊大に足を組んで座っていた。
隣にはウィルフレッドの側近が控えている。
「外つ国の間者か」
「………………」
ウィルフレッドはコツコツと指で肘掛を打つ。
「卵をどこへ隠した?」
「お、俺は何も……」
「この期に及んでまだ誤魔化せると思っているのか?」
やれやれとウィルフレッドは苦笑する。
「おまえが卵を持っていても孵らぬぞ」
「!?」
男がウィルフレッドの言葉の真偽を疑うように目を眇める。
「不遜だな。それだけでこの国の民ではないと分かる」
ウィルフレッドは薄く笑う。
「王族の言葉は絶対だ。……このような場では目も合わせられぬのが普通だ」
男はぐっと唇を噛んだ。
「おまえからは竜の匂いがする。接触しないと付くはずのない竜の匂いが」
ウィルフレッドは立ち上がるとコツコツと男に近付いた。
「早く言わぬと竜の餌にしてやるぞ?」
くつくつと笑う少年に男はゾッとした。
(――これは子供の皮を被った魔物だ)
「――い、岩陰の洞窟の中だ!砦の南側の山道の……」
側近が頷くのを確認して黒の魔力を放つ。黒い雷のようなその光に、男の両脇にいた騎士が一瞬怯む。黒の魔力は魔力の少ない者には濃度が濃すぎて本能的に恐怖を感じてしまうのだ。
男は声もなく頽れた。髪がチリチリに焼け焦げ、身体はこんがりと焼けたように赤黒く変色し、煙も出ているが息はあるようだ。
「気絶させただけだ。――この男の背後関係を洗っておけ」
そう言うと、ウィルフレッドは地下牢を後にした。
竜の鎖は解き、「卵は探してやるから少し待っていろ」と命じると、竜は大人しくその場にお座りした。
砦の騎士たちは目の前の光景が信じられず、何度も瞬きしたり、目をこすってみるが、竜は泰然とそこにいる。
ウィルフレッドは暇つぶしに魔石の魔力補充をすることにした。暫く待っていると情報を元に部下が洞窟を見つけ卵を回収してきた。
「少し弱っているな………」
ウィルフレッドは中の雛の魔力を確認して眉間に皺を寄せる。
卵の時期は親竜から魔力を貰って成長する大切な期間なのだ。
ウィルフレッドは卵に魔力を注ぎ込むことにした。
(元気に生まれろ)
そして防壁の隅っこで大人しく待っていた竜に卵を返す。
「ほら、悪かったな」
「キュイ!!」
竜は一声鳴くと、ウィルフレッドに顔を寄せてきたのでウィルフレッドは鼻を撫でてやった。
竜は卵をぱくりと咥えると、タン、と尻尾を地面に軽く打ち付け、飛び立った。
山脈の頂きへと帰ってゆく。
ウィルフレッドはそれを見送り、側近に帰還を命じる。
砦の騎士たちは言葉もなく自然と膝を付き、頭を垂れ小さき王族に敬意を払った。




