33、王とルーファス
アーネストが竜に乗ってオーレリアと合流する少し前のこと。
アーネストはルーファスを放って竜と共に海岸へと通じる山脈の麓へ降り立った。
竜はアーネストを振り落とそうとするが、アーネストは涼しい顔で竜を操り、力づくで服従させた。竜は嫌々ながら逆らえず、アーネストを乗せて飛んだ。
黒曜国の海岸は殆ど砂浜のない岩石海岸で、山地の急崖が海に迫っており上陸がし辛い地形である。
それでも山を通る道はあり、他国と表立った交易はないものの、細々と商人が大陸から来ることもあった。
それは年に一回程度のものだったが、アーネストは竜の背から遠目に見える山脈に、くっきりと残る人の通った道跡を見つけたのだった。(人外の視力)
その道跡はまだ新しい。
(この時期に山脈を越える者たちがいる)
人身売買事件で外つ国の関与が明らかになったばかりだ。
念の為確認しておこうと竜をけしかけて山脈を越え、海岸へと出る。
そこでアーネストが見たのは海側の崖の上に目立たないように造られた小屋と海へ下りる梯子だった。
(いや、どちらかというと海から崖を上るための梯子だな)
この辺りは崖が高すぎて海へ下りづらい。漁師などの作った小屋でないことは確かだった。
一先ず小屋についてはそのままにし、竜に乗ったまま山脈の中ほどの山道を確認する。
人一人やっと通れる程度の細い道だ。
土魔術で地面を少し脆くしておく。大群が通ろうとすれば崖が崩れるだろう。
竜がいい加減解放しろと抗議の声を上げるが無視する。
竜は暴れたものの、何かに気付いて方向転換しアーネストを乗せたまま飛び立つ。釣られるように数頭の竜もアーネストたちを追いかけてきた。
そしてそのままオーレリアの前まで飛んだのであった。
*
アーネストは一泊した領主館から砦の責任者宛てに使者を出し崖の上に作られた小屋と、山道の細工、また竜の不審な点について、言付けた。
使者はジェロームだ。
不審な竜は、ルーファスと二人で国境沿いにいた時にアーネストを襲って来た竜についてだ。
竜は正気を失っているように見えた。
アーネストはジェロームに竜の遺体を詳しく調べるよう命じた。
***
オーレリアたちが離宮に帰還した日より三日後、ルーファスも王都へと戻ってきた。
戻って早々、ルーファスは父王に呼び出された。
ルーファスの体面を考慮してか、彼は王の私室に通された。
此度のルーファスの出奔は、表向きはいち早く竜の結界侵入を把握した王太子の英断により、一足先に現場へ赴き短期間で成果を上げたことになっている。
広いその部屋の執務机に座った王は王太子に椅子を勧めることはなかった。
入り口付近に立たされたまま、物理的にも精神的にもかなりの距離を感じる。
書類から顔を上げた王はルーファスを見やると深く溜息を吐いた。
「……其方は…………」
一言。それきり心底呆れた表情を向けられてルーファスの自尊心が粉々に砕かれた。
勿論、この呆れはルーファスがオーレリアからアーネストを奪おうとしたことに対してだ。
この件はウィルフレッドから内々に報告を受けていた。苦言をオブラートに包み、丁寧な物腰ながら見事に笑顔が怖かった。王はウィルフレッドに対する評価を一段上げた。また、帰還したアーネストからも王都を破壊しかねない怒りのオーラを感じた。王は国宝級の宝物を扱うがごとく、真綿に包むようにアーネストのご機嫌をとった。本気で肝が冷えたのは初めてだ。
(アーネストがあれ程とは……)
王家を差し置いて、魔王と呼んでもいいほどの魔力だった。流石に王とて本気を出せばアーネストを抑えることは可能だが、王都を瓦解させるわけにはいかない。触らぬ神に祟りなし。できるだけアーネストは怒らせてはならないと骨身にしみた。
銀の侯爵家のことは良く理解しているはずなのに、愚かなことをする息子に対して諫めることすら面倒だと、その瞳が如実に語っている。
「ち、父上……」
「妹のものを取り上げようとするな」
「………ハイ」
ルーファスも多少は大人げないことをした自覚はあった。
「それから、書類仕事が嫌だからと言って勝手に出奔するな。王太子を下ろすぞ」
「……………それだけはご勘弁を」
「では向こう3か月、休みなく働きなさい。表向きは成果にしてやっているのだ、分かっているな?」
「………!!」
「私は暫くオーレリアと過ごす」
父王は鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌で、侍従に言いつけて自身の執務室の書類を全て王太子の執務室へ運ばせた。
ルーファスはがっくりと項垂れて側近たちからも憐れみの目を向けられながら、すごすごと自身の執務室に向かうのだった。




