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蒼黒のオーレリア  作者: 桐島ヒスイ
第三部 アーネスト編

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31、黒の公子と侍女と氷雪の魔性




 行きは尋常ではない速度で馬車を走らせたため通常二日は要する距離を半日で駆け抜けていた。帰りは常識的な速度なので途中の町で一泊することになる。

 竜退治の為ウィルフレッドが国境に派遣されることが通達されており、道程の途中、一泊する予定だった領主館に宿泊することになった。

 ウィルフレッドの訪問は公式のものだが、オーレリアは違う。

 完全にお忍びの上、存在自体が秘密に近い。オーレリアは侍女の姿の幻惑魔術をかけられた。十五、六歳くらいの少女だ。


 領主への挨拶が済んで、各自部屋へと案内される。護衛の騎士たちは数人ずつで一部屋を割り当てられた。ガイとコリンは彼らと同室となり、馬の世話を一緒に行った。


「リアは僕の部屋へおいで」

 ウィルフレッドは領主館の中でも最上等の部屋を宛がわれている。奥庭に面した三部屋続きで真ん中の部屋には広めのバルコニーが付いており、美しい庭が一望できた。

 当然ながらウィルフレッドのために領主が用意した侍女がいたが、ウィルフレッドはそれを断った。

 オーレリアの手を引くウィルフレッドの姿は年上の少女に懐く少年といった風情で、領主館の使用人たちから生暖かく微笑まれていた。

 廊下を挟んだ向かい側の二部屋は侍従用で一方にウィルフレッドの侍従が、もう一方にアーネストとジェロームが護衛として待機することになった。

「おまえは呼んでいないのだがな」

 当然のように部屋に入ってきたエリスにウィルフレッドは渋い表情で苦情を言うが、エリスは遠慮する様子もなく堂々と言い放った。

「殿下とリアを二人きりになどさせられるわけがないでしょう」

「言っておくがおまえ達が来るまでは僕とリアは二人きりで離宮で過ごしていたんだ。二人でいることのほうが自然なんだ」

「お二人がご兄妹同然なのは存じてますよ。ですがそろそろ妹離れすべきでは?」

「誰が兄妹だ」

 ウィルフレッドは嫌そうに眉を顰めると繋いだままだったオーレリアの手を引き寄せた。

「兄さま?」

「それより早くリアの姿を戻せ」

「……わかりましたよ」

 エリスはウィルフレッドの命令に従うのは嫌だが、オーレリアを早く元の姿に戻したい気持ちは同じだったため術を解いた。

 オーレリアの身長はウィルフレッドの顎まで縮み、腕の中にすっぽりと収まる大きさに戻った。

 柔らかく波打つ黒髪がふわりとオーレリアの華奢な背を覆う。ウィルフレッドはにこりと笑んでその髪を撫でた。ウィルフレッドはオーレリアの髪の波打つ感触が好きだった。

 エリスの幻惑の術は実際に変化するのではなく、蜃気楼のようにその人物の姿を別の姿で覆う術なので、触れれば元の姿のままだとわかるのだが、視覚情報というものは案外重要で、ウィルフレッドはオーレリアは元の姿が一番良いと思うのだった。


 オーレリアは馬車でウィルフレッドに口付けされてからの記憶が曖昧だった。

 やっと意識が戻ってきたのはウィルフレッドに手を引き寄せられた時だった。

「兄さま」

「ウィル」

 額に口付けを落とされてオーレリアは反射的に目を瞑った。そぉっと目を開けるとウィルフレッドの漆黒の瞳がオーレリアを真っ直ぐに見つめていた。

「僕はリアの兄じゃない」

 瞳を逸らすことを許さないというようにオーレリアの頬を両手で覆って艶然と微笑む。

「だからウィルと呼べ」

 前にも一度そう言われたことがあった。その時は拒絶されたのかと思って哀しくて泣いた。けれど今は彼の「兄ではない」という言葉はどうしてか甘く聞こえた。

 オーレリアは胸がドキドキして声を出すことすら出来ない。

「リア?」

 ウィルフレッドの強請るような声に、小さくこくりと頷くのが精いっぱいだった。ウィルフレッドはオーレリアが頷いたのを確認してくすりと笑った。

「………お食事の用意が整いましたよ」

 甘い空気を切り裂く冷たい声にオーレリアははっと我に返って後ろを振り向いた。そこには絶対零度の微笑を湛えたエリスが腕を組んで扉に寄りかかっていた。オーレリアは身体が凍り付いた錯覚に陥った。

(伝説の氷雪の魔性!?)

 吐く息で人を凍らせるという美貌の魔物だ。

「……人に侍従の真似事をさせておいて、ご自分はリアとお戯れですか」

「この部屋に居座るなら侍従として扱うのは当然だ。リアの姿はこの屋敷の者には見せられないのだから侍女が運んでくる食事を受け取るのはおまえしかいないだろう」

 オーレリアが元の姿に戻ってしまったため、屋敷の侍女が食事を部屋に運んでくる間、オーレリアはウィルフレッドと共に隣の寝室に隠れていたのだが、その間心がふわふわとして夢心地でよく覚えていない。

「……分かっていますよ。リアを侍女姿にしたところで、侍女の真似などさせられませんからね」

 エリスは腕組みを解いてオーレリアの前まで来ると、跪いてその手を取った。

「姫君、俺が傅くのは貴女だけです」

 エリスはオーレリアの瞳を上目遣いに見つめて微笑んだ。ふわりと花が開くようなその美しさにオーレリアは見惚れた。

「エリスは綺麗だな……」

 オーレリアがぼうっとしたまま無意識に呟くと、エリスは軽く目を瞠って頬を染めた。

「……光栄です、リア」

 柔らかく微笑んでオーレリアの指先にそっと口付ける。エリスの所作は爪先に至るまで優美で洗練されている。

「リア。他の男を見るな」

 後ろから声に不機嫌さを滲ませつつもそっと優しく目元を覆われる。エリスに預けていた手も上からがしりと掴まれて引き寄せられた。

「殿下。無粋ですよ」

 エリスの抗議を聞き流してウィルフレッドはオーレリアを自分に向き合わせると、目を合わせた。

 オーレリアはウィルフレッドの艶を含んだ眼差しに絡めとられて目を逸らせなかった。

 黒曜石のような瞳。

 その笑みは蠱惑的で、魅入られたら最期、逃げ出すことなど不可能だった。……が。


 数秒後、かくりとオーレリアの身体から力が抜けてウィルフレッドの腕の中に落ちた。

「リア?」

「……殿下、やり過ぎです」

 オーレリアの顔は真っ赤に染まり、今にも湯気が出そうなほど熱い。

 ウィルフレッドの色気に当てられて気絶したようだった。








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