30、桎梏
翌朝目を覚ましたオーレリアは目の前にウィルフレッドがいることに仰天した。
「は?え?兄さま?」
「リア。奇遇だね、こんなところで会うなんて」
にっこりと微笑まれたが、何故か背筋が凍る。
「魔力暴走を起こして護衛を置き去りにしたそうだね?竜にも囲まれたとか」
段々とウィルフレッドの声が低く、冷たくなる。オーレリアの背中にも冷たい汗が伝う。
(まずいまずいまずい……………)
兄さまが物凄く怒っている、どうしようと焦りから思考が空回りし、何も考えられない。
「―――リア」
「――はいっ!」
いつの間にか俯いていたオーレリアは名を呼ばれて反射的に顔を上げて、見てしまった。
「……お仕置きが、必要だね」
ウィルフレッドがそれはそれは美しい、けれど逃げ出したくなるような獰猛な笑みを浮かべているのを。
*
夜が明ける頃にはウィルフレッドの護衛たちも到着していた。
潰れた馬に代わって新しい馬が繋がれ馬車は王都へ戻るため出発した。
国境にルーファスを置き去りにしているのだが、アーネストの選択肢にオーレリアと離れることなど最早ない。代わりにルーファスが置いていった近衛たちが彼を迎えに行くことになった。
馬車内にはエリスとガイ、オーレリアとウィルフレッドが乗っている。オーレリアは隣に座るウィルフレッドの顔をまともに見ることが出来ずにいたが、時折ウィルフレッドが「リア。僕の目を見て?」と優しく命令するので従わざるを得なかった。
(お、怒っている――!!)
至近距離にウィルフレッドの漆黒の瞳がある。距離感がおかしい。通常の対人距離を逸脱する近さだ。非常に落ち着かない。
つい、とウィルフレッドの手がオーレリアの細い手首を掴んだ。
「……リアは鎖で繋いでおかないとじっとしていられないのかな」
「に、兄さま」
「少し目を離した隙にこんな辺境の地まで来てしまうなんて」
「それはその」
「リア。目を逸らさないで」
ウィルフレッドが笑顔でオーレリアの顎に指をかけて顔を彼に向けさせる。
(ち、近いのですが!)
オーレリアの心臓がばくばくと暴れる。救けを求めたくとも視線を逸らすことは許されていない。
(エリスー!何故救けないのだ!)
向かい側に座っているエリスを逆恨みしそうになる。
「……心配だな。繋いでおこうか」
「え」
するっとウィルフレッドの指がオーレリアの手首を一周したと思ったら、腕輪のように黒い蔦模様が刻印されていた。オーレリアが呆気にとられて蔦模様を見つめている間にウィルフレッドは自分の手首も同じようにして指で辿り、刻印する。
「これで僕たちは一定の距離以上は離れられない」
目に見えない鎖で繋がれてしまったらしい。
「桎梏の魔術ですか…。さすが黒の魔力、えげつないですね」
エリスが忌々し気に呟く。オーレリアは手首に魔術刻印がされていること以外は実感も実害もないので特に何も思わないが、少しだけそわそわして言った。
「蔦模様……兄さまとお揃いですね」
薄っすらと頬を染めて嬉しそうにはにかむオーレリアにウィルフレッドとエリスは脱力した。
ウィルフレッドはオーレリアを引き寄せて抱きしめた。
「兄さま?」
「リアは可愛いね……」
ウィルフレッドの唇がオーレリアのこめかみに押し当てられた。
(ひゃ!?)
オーレリアの顔が見る間に真っ赤に染まっていく。恐る恐る目だけでウィルフレッドを見上げると、漆黒の瞳と目が合った。
甘く蕩けんばかりの眼差しに囚われる。
ウィルフレッドの顔が傾いてオーレリアの頬に口付けた。びっくりするオーレリアの表情を堪能するように少し顔を離してウィルフレッドは楽しそうにオーレリアを見つめる。それからまた少しだけ顔を傾けて――。
「そこまでです」
ぐいっとウィルフレッドの額に手を当ててエリスが強引に二人を引き離した。
「おまえ……」
仮にも王族に全く配慮なしの手荒さにウィルフレッドの瞳が剣呑に細められる。
その視線はもう一人の同乗者、ガイにも向けられる。ガイの手はウィルフレッドをオーレリアから引き離すべくウィルフレッドの服の裾を握りしめていた。
ウィルフレッドの殺気の籠った視線にガイは慄くも、手は離さない。
ウィルフレッドの眉間に皺が寄り、ガイを睨み付けている間にエリスによってオーレリアはウィルフレッドの腕から奪われていた。
「リアの侍女殿から口付けはまだ早いと言い含められていますので」
エリスは奪ったオーレリアを膝の上に抱いて掌でオーレリアの頬とこめかみを拭うように撫でた。
「何の真似だそれは」
「消毒です」
「殺すぞ」
馬車の中が一気に険悪になった。
「リアを返せ」
「魔王に引き渡すわけにはいきません」
エリスは涼しい顔で言ってのけたが、まだ昨日の疲労が残っていたためあっさりとウィルフレッドにオーレリアを取り上げられた。
ウィルフレッドは軽々とオーレリアを抱き上げて自分の膝の上に座らせた。
エリスは微かに眉根を寄せたが仕方なさそうに溜息を吐いた。
「今は譲りますよ……不本意ですが」
譲るという単語にウィルフレッドは不快そうに目を細めたが、すぐにエリスのことは視界から締め出し、オーレリアの豊かな黒髪を撫でた。
その間、オーレリアは身体中真っ赤に染めて放心していた。刺激が強すぎた。




